Megrez・9

空に浮かぶ北斗七星。
その中でも一際目を引くのは武曲。
そしてその横で輝く死兆星。
意味深に寄り添う様に輝く二つの星。
最後の将はマスクを外し、
星々を見つめていた。
その姿はトキが察した通りである。

「死兆星…。
 いつから私はあの星を
 トキと重ねて見てしまう様に
 なったのかしら……」

彼が死兆星を見ていた事を知ったのは
自分達の身代わりに死の灰を浴びてから
それなりの時間が経過してからの事だった。
死兆星を見ていなければ
彼はこんな目に遭わずに済んだのだろうか。
彼を死兆星の餌食に落としてしまったのは
もしかすると自分達だったのではないだろうか。

何も言わず、優しい微笑を浮かべる彼に
兄の面影を重ね合わせ、無条件に甘えていた。
その結果が…現状なのだとしたら。

「そして今も又、トキは私に生命を…」

この乱世を生き残る事。
そして再びケンシロウと出逢う為の時間を稼ぐ事。
トキは彼女に、そして弟ケンシロウに
再度チャンスを与えてくれたのだ。
己の未来と引き換えに。
奇しくもそれは、
あのシェルターでの出来事と酷似していた。

「私は又、トキから奪うだけだったのね…」

優しい男性(ひと)。優し過ぎる男性。
自分は何も求めずに、人に与え続ける。
彼の安息は未だ訪れる気配も無く。

「トキ……」

余りにも哀しいその生き様に
彼女は、ユリアは涙を流すしかなかった。

* * * * * *

少しずつ太陽の明かりが地面を照らしていく。
そろそろ戻らなければならない。
解っていても、まだ体を動かす気にはなれない。
未練がましく、この場に留まろうとする。
この腕の中がそれ程迄に心地良く、温かく
抜け出す気力を奪ってしまっていた。

身も心も疲れ果て、漸く辿り着いた安住の地。
喩えるなら、そんな所であろう。

添えられた手に頬を擦り当てる。
どうせ心の奥底迄も見透かされているのだ。
少々情けない姿を見せたとしても
それが何だと言うのだろうか。

言葉では伝えられない想い。
禁忌でもあるその言葉を封じる代わりに
どうか赦して欲しい。
今だけは…貴方を誰にも渡したくはない。
私だけの貴方で居て欲しい。
醜い、弱い、愚かな私を…
どうか受け止めて欲しい。
今だけ。今この一瞬だけで良いから。

* * * * * *

このまま時間が止まってしまえば。
今迄もそう考えた事が無かった訳では無い。
だが、これ程迄に強く切望した事も
無かったかも知れぬ。

時間が巻き戻ったかの様な錯覚を覚える。
こうしてトキを抱き締めている間だけは
本来の自分に戻れる様な気がしていた。
これ程迄に目まぐるしく変わる現状で、
それでもお前が昔のままで
変わらずに居てくれた事を
俺は素直に感謝している。

お前を護る為に強くなろうと誓った。
お前が俺を目指すのであれば、
もっと強くならねばと決めた。
そして…お前の過酷な運命を悟り
その運命をお前に強要した天に挑むと決意した。
俺の人生は、お前を中心に回っていた。
いつだって、お前が俺の目標であり指針だった。

誰かの為ではない。
俺自身の為に。
俺が、俺で在り続ける為に。
俺は常にお前を求め続けていたのだ。

その想いは生涯変わらぬ。
例え何物かがお前を我が前から奪ったとしても…
俺は生涯、お前の存在を護り続ける。
その心を、その精神を。

母者よ。貴女の言う通りだった。
我が兄弟で一番強くなったのは…トキだった。
トキの優しさは強さに起因していたのだ。
心強き勇者で在るからこそ
この過酷な運命に真っ向勝負が出来たのだ。
トキだからこそ…。

* * * * * *

別れる直前、もう一度だけ唇を重ねた。
これが最期になるかも知れない等と
考えるのは止めた。

願わくば、もう一度だけ。
こんな機会が訪れてくれれば…と。

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SITE UP・2017.04.25 ©森本 樹



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