Alioth・3

将星が、今…墜ちた。

「「星を砕く者…」」

ラオウとトキは同時にそう呟いた。
ケンシロウが星を砕く様を
今 正に見届けたのだ。

「ケンシロウ…。
 最早、私が手を貸す男では無い」

トキは悟った。
今、【導く者】としての
自分の使命は終わりを告げたと。
もう自分がケンシロウの前に立って
彼を導く必要も無いのだ。

『漸く…進めるのだろうか?
 私だけの【道】を…』

崩れ去る聖帝十字陵を見ながら
トキはふと己のこれからを思った。
残り僅かな時間、一体何が出来るのかと。

そんな時。
黒王がブルッと低く唸ると
不意に向きを変えた。

「ラオウ?」

ラオウは何も言わずに去ろうとする。

「何処へ……」
「…再び、天へ!」

ラオウの言葉にトキは表情を強張らせた。
北斗神拳の前に南斗の星々は砕け散った。
ラオウの覇道を成す為に妨害となるのは
正に同門の拳士、ケンシロウとトキのみである。

「トキ。いずれ貴様とも闘う事になろう!
 二人の敵。
 貴様とケンシロウを倒さぬ限り天は握れぬ!!」
「……」

事実上の決別宣言だった。
遂にその時がやってきてしまった。

トキは何も言わず、黙ってラオウを見送っていた。
やがてその姿が見えなくなっても
バットやリンが
ケンシロウと共に側にやって来ても
トキは黙ったまま
ラオウが消えた方向を見つめ続けていた。

* * * * * *

ケンシロウの手当てを施しながらも
トキは何も言わなかった。
重苦しい気配を漂わせたまま。

「これで良い」

やがて手当てを終えると、
トキは案内された部屋へと一人向かう。
表情は重いままだった。

「折角ケンがサウザーに勝利したってのに…。
 まぁ、シュウの事もあるし
 喜んでばかりもいられないけどさ」
「…ケン?」

ケンシロウはサウザーとの戦い後に現れた
懐かしい友、トビーから託された
プラチナのブレスレットを見つめていた。

「ケン迄この調子だよ…」
「ケン…」

このブレスレットは
元々自分がユリアにプレゼントした物。
彼女はそれをトビーに託したのだろう。
それがこうして自分の手に戻ってきた意味。

「……」

トビーはずっとユリアと共に居たのだろうか。
だが、彼も姿を消してしまった。
己の役目を終えたと悟ったのだろう。
その姿が、何故か今のトキと重なって見えた。

「…トキ」

随分と以前よりも小さくなった様に見える。
心痛が想像以上に病を動かし、
窶れさせているのだろうか。
何も言わずとも彼の背中が訴えてくる。

「リン」
「ケン、どうしたの?」
「トキの様子を、見て来てくれないか?」
「え? 私が?」
「リンであれば、部屋に入れてくれると思ってな」
「…解ったわ」

リンは笑顔で頷くと、
そのままトキの居る部屋へと向かった。
直接聞きに行ければ早いのは解っている。
だが、トキは絶対に答えてはくれない。
自分やバットでは、
本音をはぐらかしてくるだろう。
だが、リンには話してくれる様な気がした。
だからこそ、託す事が出来た。

* * * * * *

数回ノックをしても返事が無い。
鍵は掛かっていない様なので
リンはゆっくりと扉を開いて中に入った。
明かりも点けず、窓際に椅子を置いて
トキは只 夜空を見上げていた。
まるで泣いているかの様な横顔に
リンはどうすればいいのか躊躇していた。
そして。

「あっ!」

どうやらベッド横に備え付けてあるテーブルに
腕をぶつけてしまったらしい。
その声に気付いたトキがゆっくりとやって来る。

「腕を打ったのかい?」
「う、うん…」
「診せてごらん」
「大丈夫。大した事無いから」
「今の音だとかなり強くぶつけただろう。
 ほら、痣が出来ている」

トキはいつも身に付けているポシェットから
軟膏を取り出し、それをリンの腕に塗った。
スッとした清涼感が皮膚に馴染んでいく。
鈍い痛みもやがて薄らいでいく。

「もう痛くない」
「良かった」

その時に見せた笑顔は確かに
いつも見るトキの笑顔そのものだった。

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SITE UP・2017.05.05 ©森本 樹



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