Alioth・4

「トキさん」

リンの声に、瞳が動く。
宝石の様な蒼い瞳。
とても優しい眼差しだった。

「泣いていたの?」
「え?」
「さっき…。泣いてるみたいだった」
「……」

トキは一瞬目を伏せ、
そしてゆっくりと立ち上がった。
先程とは違う、険しい表情で。

「私は…涙を捨てたんだ」
「どうして?」
「強くなる為に。そして…」
「そして?」
「追いつく為に」
「追いつく…?」
「あぁ。取り残されるのが嫌だった。
 だから這いつくばってでも前へ進んだ」
「今は、追いつけたの?」
「まだまだ遠いよ…。
 目的は遥か先に在って、
 なかなか追いつけない」

声は穏やかだったが表情は重いまま。
リンは去りゆくラオウの後姿を
見届けていたトキの表情が
今の彼の表情と同じ事に気が付いた。

「どうしても、泣いちゃ駄目なの?」
「ん? どうして?」
「だって、強くなったんでしょ?
 追いつけなかったら、泣いちゃ駄目?
 涙は捨てないと駄目なの?」
「リン……」
「可哀想、トキさん……」

トキはハッとしてリンを見つめた。
彼女は確かに泣いていた。
涙を流す事を禁じた自分の代わりに
この少女は泣いてくれているのだろう。
唯、自分の為だけに。

「リン。私は…」

その小さな体をそっと抱き締めながら
トキは自分に言い聞かせる様に告げた。

「私は不幸じゃないよ」
「トキさん…」
「こうしてお前に逢えた。
 お前に、そしてバットに…。
 私にとっては、大切な出会いだ」

彼女の前では素直になれる様な気がした。
幼い頃の自分に戻れる様な
そんな錯覚すらしていた。
拳士としての仮面も、
彼女の前では無力なのか。

『リン…。不思議な娘だ…』

大きな目から溢れる涙をそっと指で拭いながら
トキはリンの醸し出す雰囲気に
意味を見出そうとしていた。

* * * * * *

「兄者、酷ぇ痣だな。
 痛くねぇのかよ?」
「痣? あぁ、これか」

風呂に入っている時、ジャギに驚かれた。
日常茶飯事になっていたからこそ
自分では意識した事が無かった痣。
先程ラオウと組み手を行った際に
出来た物だろう。

「痛みは多少有るが、もう慣れたよ」
「そうかい? なら、良いけどよぅ…」
「俺の時もジャギの時も
 ラオウ兄さんとの組手では
 其処迄酷い有様にはならないが…」
「お前達の方が巧く攻撃を
 回避出来ているからだよ」
「そうか?
 俺、滅茶苦茶攻撃当たってるんだけど…」
「俺もだ。
 兄さんの方が打たれてないと思っていた」
「左程違いは無いと思うけどな」

私の返事にジャギは首を傾げた。

「大有りだろう!
 ラオウの兄者が本気を出すのは
 トキの兄者が相手の時だけだ!」

ムキになるジャギを宥めながら
私は心の何処かでその言葉に安堵し、
又 優越感に浸っていた。

あの人にとって、私は【特別】なのだと。

* * * * * *

最近は昔の事をよく思い出す。
そして夢をよく見る様になった。
以前はこんな事、殆ど無かったと云うのに。

そろそろ私の生命も終わりを迎えると
そう云う意味に取れば良いのだろうか。
人生など、寂しいものだな。

* * * * * *

バットの訓練をこうして見るのは初めてだ。
マミヤの村で別れて以来
バットと二人だけの時間を過ごす事は無かった。
黙々と修行を積む彼の本気を感じ
ケンシロウも思わず目を細める。

『ん?』

ふと、違和感が過ぎる。
バットの体の動かし方、体重の掛け方が
自分が習った物と微かに違うのだ。

『この動きは北斗神拳の物ではない。
 寧ろ…南斗水鳥拳の動きに似ている』

確かにトキはバットに対して
北斗神拳は教えないと言っていた。
トキならばそうするだろうとも思っていたが
心の何処かでは
『もしかすると』とも疑っていた。

『バットにこの動きを教える事で…
 トキは彼に何かを遺そうとしている』

ケンシロウはそう感じ取った。
トキはバットに、レイの想いを
感じさせようとしているのだと。

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SITE UP・2017.05.07 ©森本 樹



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