Alioth・5

この息苦しさは何だ?
熱気が喉に絡みついて来る。
呼吸が出来ない。
周囲は赤い壁に覆われている。
此処は…一体何処なんだ?

「トキ!トキ!!」

自分の名前だ。
呼ばれている。
だが、誰の声なんだ?

私は此処に居ると声を出そうにも
喉が焼ける様に痛くて何も出来ない。

あの時、独りシェルターの外で
死の灰を受けた瞬間と同じ【恐怖】が
徐々に全身を支配していく。
大丈夫だ。
死など一瞬の出来事。
怖い事など何も無い。
そう必死に思い込もうとしても
体はガタガタと震えたままだ。

「トキ!」

そんな私の目の前に現れたのは
長身の若い女性だった。
長い金の髪と蒼い瞳。
輝く様な白い肌。
素直に、美しい女性だと思った。

黙って見上げてると
彼女は何と私を抱き上げようとする。
幾ら何でも体格差がある。
不可能だ、と私は思っていたが
彼女は難なく私を抱き上げてしまった。

「怪我は無いですか、トキ?」

優しい表情と声。
間近で見つめるその顔はやはり美しい。
そして、目頭が熱くなる。
何だ?
この説明出来ない感情は…?

「兄達は先に避難しています。
 安心なさい、トキ。
 お前は、この……が守ります」

え? 今、一体何と…?
声が途切れてよく聞こえなかった。
もう一度、もう一度だけ…。

* * * * * *

最期にトキを抱いたのは、
どの位前になるだろうか?
左程時間は経過していない筈だが
随分と昔の様にも錯覚する。

サークレットに隠された額に残る痣も
かなり薄くなってきていた。
そろそろ【あの呪縛】から解放される頃か。
知らぬのであれば、知らぬままの方が
きっと幸せであっただろうに。

「全てをトキが思い出す前に
 決着をつけるべきであろうかな…」

ケンシロウとの戦いで傷付いた体も
かなり回復してきた。
そろそろ思った様に動ける筈だ。

「北斗の歴史、塗り替える時は来た。
 我が兄弟の悲願の為にも。
 我は世紀末覇者、拳王。
 この拳で砕けぬものなど存在しない」

* * * * * *

病気や怪我で苦しむ子供や老人を支えながら
バットの訓練を見守る生活が静かに続いていた。
しかし日に日にトキは
夢を見て苦しむ様になってきていた。
一夜に何度もうなされる。
心配するバットとリンに「大丈夫だ」としか
告げられない自分の無力さに腹が立った。
一体、どんな夢がトキを苦しめているのだろうか。

「…シェルター」

思い当たる節はそれ位か。
あの時、どんな思いでトキは
扉の前に立ち塞がっていたのだろうか。
どんな心境で死の灰を待ち構えていたのか。
俺には窺い知る事が出来ない。

あの時に彼は全てを失ったと言っても良い。
伝承者への道も、将来も。
それなのに俺に対し、一度も不満を口にしなかった。
今も尚、である。
そんな優しい兄、トキに対して
俺は一体何を返せるのだろうか?

残された時間は…あまりに短い。

「兄さん…。俺に伝えてくれないか?
 兄さんの、本当に気持ちを。
 俺達は…【兄弟】じゃないか……」

* * * * * *

4人で食卓を囲み、温かいシチューを口に運ぶ。
こうして食事がゆっくりとれるのも
時代が平和になってきた証拠なのかも知れない。

ガツガツと頬張るバットの様子を
呆れ顔で見つめるリンとケンシロウ。

「んだよ。育ち盛りなんだからさ!」
「ならば、それだけでは足りぬだろう。
 良かったら、私の分もどうだ?」

バットは驚いてトキを見た。
トキはニコニコしながら自身を器を差し出している。

「えっ? 良いの?」
「どうぞ」
「へへ、じゃあ…」
「バットっ!!」
「な、何だよリン?
 そんな怖い顔して怒らなくても…」
「大丈夫だ、リン。私はもう満腹だから」

トキの器は殆どそのままの状態にも見えた。
まるで口を付けていないのかも知れない。

「トキさんはもっと食べないと駄目っ!」

リンの剣幕に圧され、トキは苦笑を浮かべながら
バットに一言「済まない」と告げた。

3人の遣り取りが実に自然で
まるで本当の家族の様にすら感じる。
トキは家庭を持ちたかったのだろうか。
今更ながらケンシロウはそんな風に思った。

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SITE UP・2017.05.10 ©森本 樹



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