Alioth・7

以前見た火事の夢だ。
だが以前よりも、もっと鮮明で
ハッキリ声も聞き取れる。
只の夢ではない事も解っている。
これは…私の過去だ。
忘れていた筈の過去の出来事だ。

そして…この人は、私の母者。
大好きだった母者。
どうして忘れていたんだ?
そして大好きだった二人の兄者。
ラオウ、そして…カイオウ。
修羅の国に残った、大切な兄者。

「何故、今になってこんな大切な事を…?」

何故忘れていたのか。
そして、何故思い出してしまったのか。
何故、としか言えない。

「ラオウ、何故
 私に言ってくれなかったのだ。
 どうして…ソウガも…」

漸く思い出した。幼馴染のソウガの事も。
彼はラオウを追って海を越えて来たのだ。
私が記憶を失っている事を
彼も又 承知で、カサンドラの再会となった。

「このサークレットに隠されていた痣が…。
 正にソウガの言う通りだった。
 此処に答えが隠されていたとは…」

忘れていた記憶が湧水の様に復活し
私はますます混乱を極めた。
そして、冷静さを取り戻していく内に
私の中に奇妙な感情が広がっていく。

「輔星、クズ星…か。
 何処迄も惨めな気分にさせてくれる」

全身の血が沸々と煮え滾る様だ。
これこそが修羅の血。
そして呪われた北斗の血か。

「ケンシロウ……」

彼に対してこんな感情を抱くなど
思った事すら無かった。
都合良く忘れていたのだろう。
だからこそ、動けたのかも知れない。
彼を可愛い弟と思っていたからこそ。

だが彼は私の手から離れた。
一人の拳士として、見れば良い。
ならばどうする? 討つのか?
誰の為に? ジャギの為に?
それとも、ラオウの為に?
カイオウの為に?

「……っ!!」

苦しい。心が、苦しい。
どうすれば良いのか。
どうするべきなのか。

こんな時にラオウが、
兄さんが居てくれれば…
私の迷いを解消してくれたのだろうな。
カイオウ兄者の言う通りに…。
だが、私はその手を放してしまった。
今更、その手を掴む事は出来ない。
私は…意図せずして
兄者達を裏切ってしまったのだ。

今ならば解る。ジャギの怒りが。
彼は私の為に怒り、恨み、そして…。
ラオウはそれを知っていたからこそ
ジャギの罪を受け入れた。
兄として、彼は真の意味で
ジャギと向き合っていたのだ。
表面的なのは私の方だった…。

全てを知っていれば、
私は北斗神拳を学ぼうとは
しなかっただろうか。
拳の道に進む事無く
穏やかな暮らしの中に
身を置いたのであろうか。

答えは…【否】、だ。

知っていても私はきっと
北斗神拳を学ぼうとしただろう。
穏やかな暮らしを捨ててでも
私は、やはり追い駆けただろう。
兄の背中を。

まるで迷宮の中に
置き去りにされた様な気分だ。
いっそ本当に置き去りにされれば
まだマシだったのかも知れない。

「母者…。私は……」

此処には、誰も居ない。
母者も、カイオウ兄者も、ラオウも…。
私自身が決めなければならない。
私自身の【道】を、今度こそ。

* * * * * *

「星が…」

ラオウは黒王の背から夜空を見上げていた。
そして北斗七星の輝きに変化を感じる。

「トキ……」

直感だった。
トキの身に何かが起こったのだと察した。
だが、傍に駆け寄る事は叶わない。
次に会う時は…互いに殺し合う敵として。
そう決めてしまった以上
自分から禁を破る訳にはいかなかった。

「母者よ。トキは思い出してしまったか。
 封じられた記憶を。忌まわしき思い出を。
 我等が母の敵の傍に居ると云う今の事実に
 トキはどう思うのか…」

黒王は心配そうにラオウを見つめる。
ラオウも又、そんな黒王の頭を
優しく撫でてやる。

「いずれにせよ、決めるのはトキ自身」

ラオウの信念は変わらない。
あくまでも、彼は
トキとの対決を待ち望んでいた。

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SITE UP・2017.05.15 ©森本 樹



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