Alioth・8

兄者と二人、
母者の亡骸を奪い返しに行くと決めた。

母者を殺した奴等の手でなど
弔わせてやるものか。
到底許される筈もない。
奴等さえ居なければ
母者は死なずに済んだのだから。
北斗宗家にとっての輔星と宿命づけられた
我等家族には最初から安息の時など
与えられてはいなかったのだ。

トキが誕生した日の事を
俺は鮮明に覚えている。
我等兄弟とは父違いとなる弟は
白い肌と青い瞳、
栗色の髪を持って生まれて来た。
か細い声で泣く弟の誕生に
俺も兄者も喜びを隠せずにいた。
幸せな時間。
それに水を差したのは…
やはりあの男、ジュウケイだった。

「修羅の国の男とは呼べぬな。
 これは劣等種か」

誰かに対して此処迄激しい
憎悪と殺意を抱いたのは
これが初めてだった。

母者は気丈に振る舞い
生まれたばかりの弟に
優しく語り掛けた。

「貴方はこの母が、そして二人の兄が
 望んで生まれて来た子です。
 強く、誰よりも強く生きるのですよ。
 …トキ」

この時、トキの波乱に満ちた生涯を
一体誰が想像出来たであろうか。

母者を喪い、
それでも悲しみに耐えていたトキ。
あの時に兄者の反対を押し切ってでも
我等に同伴させれば…
トキは記憶を失わずに済んだのだ。

間者が誰であるかは不明のままだが
我等の不在に押し掛け、
トキを襲ったのは…
ジュウケイであると俺は考えている。
奴の言動からも
それを否定する要素が見当たらないのだ。

「奴だけは討たねばならぬ。
 この手で、絶対に」

奴を仕留める【力】が必要だった。
この地に伝承される【北斗神拳】が
俺にはどうしても必要だった。
伝承者になりたかった訳では無い。
俺は強くなりたかった。
【力】を手に入れ、強くなれれば…
もう大切な者を喪わずに済む。
この手で、莫迦げたしきたりも
何もかも破壊し
今度こそ解放してやりたいのだ。
我が弟、トキを。
そして恐らくは
宗家の伝承者となるであろう
ケンシロウを。

「解放出来るのであれば
 このラオウが自ら
 その生命の灯を消してやろう。
 恨んでも構わん。
 それが唯一の術だと言うのであれば…
 俺は迷わず、その手段に出る」

* * * * * *

ラオウは、リュウケンの代に
伝承者候補だったコウリュウに闘いを挑み
これに見事勝利した。
戦場を後にした男と
未だ戦場で闘い続ける漢の差が
勝敗を分けたのだ。

「哀しい、漢よ…」

それがコウリュウの最期の言葉となった。

「情けなど無用。
 この拳王、悲しみなど
 遥か昔に捨て去った」

其処に嘘は無い。
一度目はカイオウと共に。
そして二度目は
リュウケンの下に弟子入りした時に。
全ては復讐の為に。
そして解放の為に。

ラオウは心情を誰にも告げず、
闘い続けている。
彼の心情を知るのは唯 一人。
海の向こうで同様に
孤独な戦いを挑み続けている
実兄、カイオウのみである。

トキでさえも知らない
ラオウの姿が此処に存在していた。

* * * * * *

家族の中で私だけ髪の色が違う事に
コンプレックスを抱いていた。
カイオウ兄者や妹のサヤカは
母者と同じ金色の髪。
ラオウは銀髪だが、
光に当てると微かに金色に輝く。
それがとても綺麗に見えて、
どうして私だけが違うのかと
母者に一度だけ尋ねた事が有る。

母者は悲しげに微笑みながら
私に教えてくれた。

修羅の国の女は将来の相手を決められており
カイオウとラオウの父が戦死した直後に
私とサヤカの父との再婚を言い渡された事。
二番目の夫も又 戦死したが、
それからは再婚を断り続けている事。
どちらの父も立派な漢で、とても愛している事。
そして…カイオウとラオウは
どちらの父にもとても大切に育てられ、
彼等も父達を誇りに思ってくれている事。

「トキ」

母者は私をそっと抱き締めてくれた。
優しくて、甘い香りに心が落ち着く。

「母は貴方達を遺してくれた父達に
 とても感謝しています。
 愛しい我が子達と、
 こうして幸せに暮らせている事に」

[7]  web拍手 by FC2   [9]

SITE UP・2017.05.17 ©森本 樹



【ROAD Of MADNESS】目次
H