Alioth・9

母者…。
もっと一緒に暮らしていたかった。
もっと貴女の話を聞きたかった。
貴女を忘れてしまっていた事。
それが私の心に重く圧し掛かる。

育ててくれた両親に対する
感謝の念を忘れてしまった訳では
決して無い。
だが、もし彼等も
真実を知っていたのだとしたら…
私は無邪気にも彼等を
苦しめ続けていたのだろうか…。

酷い仕打ちだ。
知らないと云う事は、
これ程迄に罪なのか。

きっと、そうなのだろうな。

「……」

誰と話す気分にもなれなかった。
しかし、明日になれば 又
病に苦しむ人々が此処を訪れる。
彼等の力に成れる事。
それが今、私に出来る
唯一の【償い】になると信じて…。

* * * * * *

火急の用だと叫ぶ男は
バットの制止も聞かず、
トキとの対面を懇願した。

「どうしても! どうしてもトキ様に
 直接お伝えせねばならんのだ!
 頼む、少年!
 トキ様に会わせてくれっ!!」

表の喧騒に気付いたトキが
直ぐにその場へ姿を現した。

「貴方は、コウリュウ殿の…」

伝令の男の姿を一目見て
彼は何かを感じ取った様だった。
隣に居たケンシロウよりも
その認識は遥かに速かった。

『やはり伝承者になるべきは、トキ…
 貴方だったのかも知れん。
 全てに於いて、俺はまだ
 貴方に辿り着いてもいない』

男が語った事。
トキにとっては想定内の事であった。
それと同時に彼は
ラオウの本気と覚悟を感じ取っていた。

『私が相手だからこそ…
 ラオウは此処迄 己を追い詰めたのだ。
 約束を果たす為。
 唯 それだけの為に』

トキの心から迷いが消え去っていく。
今ならば解る。
カイオウの残してくれた言葉の意味が。

『信じている。
 信じられる。
 だからこそ…私が逃げ出してはいけない。
 決めた筈だ。自分の意志で。
 約束を、守ると…』

トキの決意を後押しする様に
一瞬浮かんだジャギの笑顔。

『これで良かったんだな、ジャギ。
 これこそが私の望んだ
 私だけの【道】なのだ』

トキは軽く頷くと隣に居るケンシロウを見た。
しかし彼の表情は重く、冴えない。
トキの心を晴天と表すなら
ケンシロウのそれは雨雲に覆われた空である。
トキがケンシロウの表情を理解するのに
左程時間は必要無かった。

「?! グホッ! グハッ!!」

吐血である。
病は刻一刻とトキの体を蝕んでいた。
ケンシロウは弟として
トキの容体を心配していたのだ。
必要とあらば、この対決を止める事も辞さない。
それがケンシロウの思いだった。

『邪魔を…するなっ!』

抑え込んでいたケンシロウへの怒りが
突如 顔を覗かせる。

『ケンシロウ。お前には解るまい。
 ラオウの狂おしい程の愛情を。
 そして実の兄弟を裏切った私の罪深さを。
 この対決は避けられぬ。
 避けて通る事等、決して許されないのだ。
 私とラオウの生き様が、
 今…正に裁かれるのだから。
 拳士として、受けねばならぬ。
 この闘いを、私は…。
 病が私を如何に蝕もうとも、
 この闘いだけは…。だから…』

邪魔をするのであれば容赦はしない。
トキの思いは北斗天帰掌となって
ケンシロウに伝えられる。

『トキ…。
 貴方はあくまでも闘うと言うのか。
 医師としてでは無く
 拳士としての生き方を選ぶと言うのだな…』

出来る事ならば、もうこれ以上
この心優しき兄に闘って欲しくは無かった。
本人の望み通り医師として
残りの僅かな生命を燃やし、
本懐を遂げて欲しかった。

だが、当人であるトキは闘いを捨てようとしない。
此処迄来て、これ程弱っても尚、である。

『トキよ…。
 何が貴方を其処迄走らせるのだ?
 この闘いで、貴方は今度こそ
 語ってくれるのだろうか?
 貴方の心に秘められた【思い】を…。
 ならば、俺は…』

ケンシロウもトキと同じく
北斗天帰掌を構えた。

受けて立つ。

それが、ケンシロウの【答え】だった。

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SITE UP・2017.05.20 ©森本 樹



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