Mizar・1

2〜3日村を空ける。
捜さないで欲しい。

そう言い残して、
トキは突然姿を消した。
ケンシロウは彼の意を汲み
したい様にさせようと考えたらしい。
後を追う事も無く、捜すでもなく
彼が戻って来るのを、
只 静かに待っていた。
バット、リンと共に。

* * * * * *

手頃な場所を探すのも一苦労だ。
寂れた廃墟に辿り着いたトキは
周囲に人の気配が無い事を確認し、
懐から用意していたロープを取り出した。

「今の私では全力を以ってしても
 ラオウを超える事は出来ないだろう。
 それでは意味が無い。
 これが私にとって…
 生涯最期の闘いとなるのだから」

いつか来るこの日の為に。
ラオウとの対決の為に
用意した秘策がある。
全てを出し尽くす。
後悔しない為にも。
其処で生命が尽きるのであれば、
それでも良い。

そして『報いる為に』も。
今の自分がラオウに返せる事は
唯一、真剣勝負でしかない。
この想いを、そして覚悟を
伝える為にも。

「さて…始めるとするか」

トキは周囲の柱を丹念に調べ始めた。
そして程好い堅さと
安定感のある一柱を見付けると
手段を講じ易い様に手筈を整えた。
柱の前で座禅を組み、
柱と自分自身にロープを巻き付けて
体が動かない様にきつく固定した。

「まだ保てよ、私の心臓…。
 ラオウとの対決が終わる迄
 止まってくれるな……」

祈る様に呟く。
そして。
一つ深呼吸を置き。

「…刹活孔っ!!」

内腿にある秘孔を激しく突く。
瞬時に襲い掛かってくる激痛に
何度も意識を飛ばしそうになる。
喉が裂ける程の絶叫。
見開いた目の焦点も合わない。

それでもトキの心だけは
決して折れなかった。

以前は手を伸ばしても届かなかった
広く、大きな憧れの背中。
漸く、手が届きそうな位置に
辿り着いたのだ。

『ラオウ…。必ず、私は…
 必ず貴方を…っ!』

振り返った幻のラオウは笑顔だった。
これで良かったのだ。
安堵したのか、
トキはそこで気を失った。

* * * * * *

穏やかな日差し。
気付かない内に、
花や草の間に倒れ込んでいた。

「此処は…?」

確か自分は廃墟に居た筈なのに。
ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。
見覚えの無い風景が延々と続いていた。

「何処だ、此処は?」

不安になり、トキは歩き出した。
此処が何処なのか、
それが知りたかったのだ。
すると。

『止まりなさい!』

鋭い女性の声が動きを制止する。
トキの足も自然と止まった。

「此処は、一体…?」
『此処はまだ、
 貴方の来るべき処では無い。
 貴方にはまだ、
 果たすべき事が残っている筈。
 帰るのです。
 貴方を待つ世界へ…』
「私を待つ、世界…?」

トキは声がする方角へ視線を合わせたが
其処には既に誰も存在していなかった。
影も形も見当たらない。

「あの声は、まさか…?」

確認する事も叶わず。
そしてトキ自身も
やがては花弁が舞う突風に
その身を捉えられる。

「そうだ、帰るんだ。
 私には果たすべき事が…
 ラオウとの決着が残っている!」

声のした方向に軽く会釈し
彼はそのまま風に身を任せた。

* * * * * *

「トキ……」

風に金色の髪を靡かせる一人の女性。
まだ姿を晒す訳にはいかなかった。
彼の決意に水を差す訳にはいかない。
彼の為に。
そして彼の愛する漢の為に。
彼を愛する漢の為にも。

「トキ。
 貴方の無垢なる【願い】が
 今度こそ成就します様に。
 この地で、貴方達を見守り続けます。
 いつか貴方がこの地に戻って来る迄
 母は、待っていますよ…」

トキと同じ蒼い瞳を持つ女性。
それは間違い無く彼を産み、幼少迄育ててきた
ラオウとトキの母親、その人であった。

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SITE UP・2017.05.25 ©森本 樹



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