Mizar・2

「妻を娶る気は無いのか?」

不意の問い掛けに
トキは驚いて質問主の顔を見上げた。

「何を突然言い出すんだ、ラオウ?」
「別に可笑しい事ではあるまい。
 俺もお前も、
 相応の年齢に達したと云う事。
 いずれは妻を娶り、血を繋ぐ。
 只、それだけの事だ」
「只、それだけ…ねぇ」

トキはあからさまに
不機嫌な表情を浮かべた。
温和で物静かな彼らしくない表情だった。

「血を繋ぐ事に関しては
 貴方に託すとしよう。
 私達は兄弟なのだから、
 どちらかの血が残れば良い」
「トキ?」
「私には関係の無い話だ」

一瞬見せた時の空虚な目が
ラオウに全てを悟らせた。

『知っておったのか…』

それはまだ、あの忌まわしき核戦争が
勃発する前の出来事である。

* * * * * *

この大陸に辿り着き、
養父母の下で暮らしていた。

最初は街での生活だった。
しかし、弟 トキは
環境に適応出来なかったのか
徐々に健康を害していった。
養父はトキを心配し
彼を病院へ連れて行って
様々な検査を受けさせた。

俺達が街を去り
山間の小さな村に引っ越したのは
それから直ぐの事であった。

水と空気がとてもうまい。
静かで心が洗われる様な場所。
あれだけ病弱だったトキが
見る見る内に元気になっていく。
俺と養父はその様子に喜んでいたが
養母の表情は何故か暗く、
時々思い詰めた様になり
一人物陰で泣いている事も多々あった。

「母さん」

俺は意を決して彼女に声を掛けた。

「トキ、体が悪いのか?」
「ラオウ…」
「教えて欲しい。トキの事。
 だって俺は…」

養母は黙って俺の言葉の続きを待っている。

「俺は、トキの兄貴だから」
「…そうね、ラオウ。
 貴方はトキのお兄さんだものね。
 知りたいわよね、弟の事…」
「母さん」
「1つだけ約束して頂戴。
 この話は決してトキにはしない、と」
「勿論。約束するよ!」
「…解ったわ。
 ありがとう、ラオウ。
 貴方は本当に強くて優しい子ね」

養母から伝えられた事実。
トキは生まれながらにして免疫が低く
虚弱体質である事。
そして遺伝子に迄 影響が及んでいる為に…
生殖機能に期待が持てないと云う事。
自らの子孫を望めないと云う事だ。

「…そう、なんだ」

今更ながらにジュウケイの一言が
脳裏に呼び起こされ、
腸が煮えくり返った。

『トキは劣等種なんかじゃない!
 今に、今に見ていろ!
 俺が必ず証明してみせるからなっ!!』

悔しい。
その一言が全てだった。

どんな事をしても、どんな手を使ってでも
トキだけは俺が守ってみせる。
そして…あの漢が
意味を持って生まれて来た事を
必ずこの世界に証明してみせる。
それが、養母との【約束】。
そして、俺の【決意】である。

* * * * * *

見覚えのある景色だ。
誰も存在しない廃墟に一人伏していた。
ロープを引き千切ってしまったか。
まぁ、無理も無いだろう。
腕や足に残る圧迫痕や裂傷を眺めながら
私は漸くスタートラインに立てた事に安堵した。

やっと、望みが叶う。
憧れの背中に辿り着いた。
次の望みは…、後一つは…。

「一瞬でも良い。
 あの背中を追い越せれば…」

その為ならば全て投げ捨てても良かった。
この生命でさえも惜しくはない。

「ラオウよ、その孤独から今こそ解き放とう。
 この私の全てを賭けて…」

闘う場所はあの場所以外に思いつかなかった。
私達兄弟の原点。
養父母が眠る神聖なる地。

「父さん。母さん…」

優しかった両親。
二人はこの顛末をどう考えているだろうか。
怒っているだろうか。
それとも、悲しんでいるだろうか。

「私はラオウを救いたい。
 憎しみに囚われし、その心を…。
 孤独の念を。そして…」

私は一つ深呼吸を置いた。

「もう一人の兄、カイオウを救う為にも」

だからこの戦いだけは避けられなかった。
抗うのだ、己の運命に。
我が兄弟の血の宿命に。

「私の中に眠る修羅の血よ。
 随分と待たせてしまったな。
 これより、お前を解き放つ。
 …存分に、暴れてくれよ」

私は笑みを浮かべ、身なりを整えた。
刹活孔を突いた事で
死はもう目前となったが、
既に恐怖心は感じなくなっていた。

「帰るか、村へ」

私はそのまま帰路に着いた。
後ろは一切振り返らなかった。

[1]  web拍手 by FC2   [3]

SITE UP・2017.05.27 ©森本 樹



【ROAD Of MADNESS】目次
H