Mizar・3

思い返せば、俺は数回
トキに救われている。

養父母を相次いで病気で亡くした
俺達の前にリュウケンが現れた時。
あの時、大木の下敷きになるのは
俺の方だったのかも知れない。
落下していく途中で
俺は何か大きな力が
自分の体に掛かるのを感じていた。
無意識の内にトキが
俺を庇ったのかも知れん。

あの時。
自分を見捨ててでも
リュウケンの養子になれ、と
俺に告げたトキ。
あの怪我のまま放置すれば
死んでしまうだろう事は予測出来た筈。

もし大木に足を潰されたのが俺だったら
果たして、同様の事が言えただろうか?
笑顔で「心配要らない」と
送り出せたであろうか?

否。答えは否、である。

子供心に感じていた。
トキを弟としてだけでなく
安易に死なせてはならない存在なのだと。
そして…俺がリュウケンを
返り討ちにした時も…。

* * * * * *

結果的にケンシロウに
告げる事になってしまったが、
後悔はしていない。

「拳を封じる」と言われて
大人しくしている様な男では無い事位
師父も解っていた筈だ。
我等四兄弟の内、
黙って拳を潰されるとしたら…
ケンシロウ位のものだろう。
ラオウも、ジャギも、そして私も…
結果的に誰も拳を捨ててはいない。
師父の考えは根本的に甘かった。
そう云う事になるだろう。

私が道場に顔を出したのは
ラオウが師父を返り討ちにした直後だった。
その光景を目にした私の心は
驚きよりも何故か『当然の事』と
感じる念の方が強かった。
同時にそんな自分に嫌気が差した。
長年育てて頂いた恩も忘れ
冷静に状況を眺めている自分に。

「……」

ラオウは黙って私を見つめている。
師父の返り血だけではない。
彼自身も相当の怪我を負っていた。

「……」

私は懐から包帯を取り出し
素早く止血を施した。
彼はまだ【生者】である。
助ける必要が、私には有る。

「トキ…」
「何も言わず、今直ぐ此処から立ち去れ」
「しかし…」
「後は私に任せて、早く行け。
 勘付かれない内に、早く」
「…トキ」
「もう、何も言うな。…行け」

ラオウはそのまま姿を消した。
何処に居るのか、何をしているのか。
風の噂さえも私の耳には届かなかった。

私は師父の遺体を丁寧に寝台へ置き、
傷口を包帯で細工した。
道場に残った血糊も全て綺麗に拭き取った。
師父は病によりその命を落としたのだと
全ての者に信じ込ませる為に。
だから、ケンシロウも疑わなかった。
『私が』皆にそう伝えたのだから。

遺体を荼毘に付した時、
漸く私は一息吐く事が出来た。
これで良かったのだ、と。
漸く道場を後に出来ると。
そしてやっとラオウを、
そして一足早く道場を後にした
ジャギの行方を追う事が出来る、と。

* * * * * *

急かす様に何度も道場を去れとトキは言った。
俺を逃がす為なのだろう。
あんなに焦った顔を見たのは
初めてだったからよく覚えている。

別に発覚した所で俺は一向に構わなかった。
何なら道場に居る者全てを
倒しても良いとさえ考えていた。
真面に殺り合って危険なのはトキ一人だ。
他は誰も恐れる程の力量は無い。
トキの一言が無ければ
更に道場は血の海と化した筈。
道場の奴等は皆
トキに生命を救われたに過ぎない。

責めてはこなかった。
当初はそれが不思議であった。
だが、今ならば解る気がする。

リュウケンはその器のデカさに惚れ込み
ケンシロウの当て馬にトキを選んだのだ。
トキの温情に甘えた結果が、これだ。
トキも思ったのだろう。
『自業自得だ』と。

「この拳、やはり封じる事が出来るのは
 この世で唯一人」

病が衰えさせようとも
それはトキに於いて他に無し。

「俺を目指し、俺が目指した漢よ。
 うぬが俺にとっての【天】となる時が
 遂に訪れたのか」

この時を待ち望んでいた。
他には何も要らぬ。
己の全てを掛けて挑むのみ。
文字通り『天を掴む』その瞬間の為に。

「さて、行くか。黒王号。
 トキが、我が最愛の弟にして
 最強の男が待つ【始まりの地】へ」

我が声に答えるが如く
黒王は大地に響く嘶きを上げた。

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SITE UP・2017.05.31 ©森本 樹



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