Mizar・5

小細工が通用する相手では無い事だと
云う事は十二分に承知していた。
剛を象徴する様な拳の使い手。

確かに、受け流すだけでは
限界があるのだろう。
間合いに入り切れぬまま
反撃を食らっては
倒されるのも時間の問題。
隙を突き、間合いに入ったものの
無想陰殺を放たれてしまった。
済んでの所で直撃は免れたが
左肩を保護する筈のアーマーを
粉々に粉砕された。

恐るべきはそのセンス。
流石だ。
何処迄も天を目指す孤高の戦士。
私が憧れ、目標としてきた漢。

『全てを出し尽くさなければ
 失礼に当たるな』

ふと、私はそんな事を考えていた。
極限状態で闘っている筈なのに
心は何故か湧き立ち、
踊っているかの様だった。

勝負を決めに来るラオウの一撃を
両腕で確りと受け止める。
重い。
骨をも砕く様な一撃だった。

「むぅ、何と!
 この拳を受け止めおったか!!」
「くああ!!」

『この痛みが心地良い。
 今こそ、私の全てを解放する時。
 貴方の為だけに…』

私は全身の気を集中させ、
力を解き放った。
僅かな時間とはいえ、
私の全てを以って闘う事が出来る。

さぁ、此処からが本番だ。
貴方の全てを引き出し
孤独の闇から
今度こそ救い出してみせる。

それが…私に出来る
せめてもの償いなのだから。

* * * * * *

柔の拳しか持たないと
思われていたトキが使う剛の拳。
ケンシロウの目には
自分やラオウとは違う
異質な拳として映っていた。

『確かにトキは長年
 柔の拳を習得すると同時に
 剛の拳の修業も
 重ねていたのだろう。
 天賦の才を持ち、又 貪欲に
 稽古に励む彼だからこそ
 可能だった事だ』

しかし、何かが違う。
何がそう思わせるのか。

『トキらしくない』

一言で表すならそれに尽きる。
無理をしている様な
何処か、窮屈で不自由さを感じる拳。
伸びやかな彼らしくない拳。

『トキ…。
 まさか、貴方は自分に
 あの秘孔を突いたのか?』

そう考えると腑に落ちた。
トキは其処迄してでも
ラオウと闘いたがっていたのだ。
文字通り【全てを賭けて】
この闘いに挑んだのだ。
漸く、ケンシロウは
トキの思いを理解出来た。
避けられぬ闘いに挑む彼の心境が。

「ケ…ケン!!」
「?」

隣に立っていたリンが
縋る様に声を掛けてくる。

「と…止める事は出来ないの?」
「出来ぬ!!
 二人の血の間には
 誰も入る事は出来ぬ!!」

あの二人はそれを望んではいない。
血が枯れ、心の蔵が止まろうとも
二人は闘い続けるだろう。
その為だけに、今迄生きて来たと
言っても過言ではないであろう程に。

『其処迄闘いたいと思える好敵手の存在が
 互いの技量を高め合ってきた。
 そして今がその集大成…。
 これが、漢の生き様。
 そして…死に様。
 止められぬ。この闘いだけは。
 誰にも、そんな資格は無いのだ……』

嘗て死闘を演じてきた強敵達の姿が
脳裏に鮮やかに甦る。
全てをぶつけ合い、闘った者達。
その哀しき心を受け止めて…
自分は今、此処に立っている。

リンの隣で立つバットも
固唾を飲んで二人の闘いを見守っている。

『バットよ。よく見ておくんだ。
 これが漢と漢の戦い。
 トキはお前に拳士の心を
 伝えようとしてくれている。
 自分の最期の弟子であるお前に…』

何処迄も強く、そして優しい兄。
そして誰よりも尊敬する兄弟子。
そんなトキが目指したラオウの存在。
ケンシロウも又、複雑な心境で
激しく闘う二人を見つめていた。

「忘れたか、ラオウ!
 私が貴方の全てを
 目指していた事をっ!!」
「はっ!!」

トキの体が闘気に包まれていく。
それは、新たな闘いへの
幕開けでもあった。

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SITE UP・2017.06.06 ©森本 樹



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