Mizar・7

呼吸は整い、気も充実した。
二人の闘気は益々輝いていく。
どちらが先手を取るのか。
それとも同時に剛の拳を繰り出すのか。

次のアクションはその直後、一瞬だった。

双方の右腕が視界から消え、
次の瞬間に背後の大地が抉られた。

『同時だ!
 それを互いにギリギリでかわしてる…』

バットと同様の事を
ケンシロウも思ったのだろう。
自然と握りしめていた拳に
力が入っていた。
手加減は一切無い。
見ているだけで緊張してしまう。

ケンシロウ自身も
目標としていた二人の兄。
稽古で見慣れた筈の
二人の闘いだったが、
やはり本気となると
全てに於いて違いが多過ぎた。

ラオウ以上に
自分に対して本気を見せて来なかったトキ。
今更ながら、ケンシロウは悔やんでいた。

病さえなければ。
あの戦争さえなければ。
死の灰さえ被らなければ。

だが、所詮は過ぎた話。
当のトキにその様な事を述べたとしても
彼は失笑してしまうだろう。
そして、こう言うに違いない。

「北斗神拳の正統な伝承者は
 お前なのだ、ケンシロウ」と。

それと同時に、ラオウを
とても羨ましく感じていた。
此処迄の才覚を持ち合わせた拳士と
本気で闘えると云う事に。
自分は本気にすら
なってもらえなかったというのに、である。

『ラオウの目指す【天】とは…
 トキの事だったのだろうか?
 しかし、もしもそうだとすると…
 この闘いの後に
 二人が得るものとは一体…?』

それを見届けなければならない。
そしてそれこそが
北斗神拳正統伝承者である自分の責務だと
ケンシロウは痛感していた。

* * * * * *

『この技に私の全てを賭けるっ!!』

蹴り技を回避する為に
上空へ逃げたラオウを追撃する。
彼よりももっと高く。
そして。

「勝機っ!!」

軽やかに空へ舞うトキは
そのまま弧を描き、ラオウを追う。
北斗1800年の歴史に於いて
最も華麗な技を持つと言われた拳士。
彼の真骨頂とも言える空中戦に
ラオウは飛び込んでしまったのだ。

「いやぁーーーっ!!
 天翔百裂拳っ!!」

トキ渾身の百裂拳は
一打も外す事無く
全てラオウの胸部に炸裂した。

「ラ、ラオウが両手を地に!」

バットの言葉通り
ラオウは血を吐きながら
両手両膝を地面に着けた。
初めて、ラオウを
地べたに這いつくばらせたのだ。

「………ラオウ…」

トキはゆっくりとラオウに歩み寄る。
悲しげな瞳はそのままに。

「あの時、貴方が
 野望を捨てさえしていたら…」

脳裏に蘇る二人の別離の時。
道を違えた二人は、
あの瞬間から闘う運命を強いられてきた。
だが、それも間も無く終わる。

『これで…良かったんだ』

トキはスーッと息を吐いた。
最期の一念を、この一突きに託して。

「さらば、ラオウ!
 今、約束を果たそうっ!!」

その一突きは迷う事無く
ラオウの胸を貫いた…かの様に見えた。

* * * * * *

天翔百裂拳を受けた瞬間は
流石に死を覚悟した。
あの一撃だけで一溜まりも無いだろう。

だが、実際は死ななかった。
破壊力は確かに有った。
だが…秘孔に届いていないのだ。
秘孔に届かなければ只の連打。
この体を打ち貫く事は不可能。

『トキ……』

急速に衰える闘力。
それが意味するもの。

『莫迦者が…っ』

死兆星は我が眼中から消え去った。
やはりあの忌々しい星は
我が最愛の弟を奪うと云うのだ。
口惜しい。憎らしい。
撃ち落とせるものならば今直ぐにでも
粉々に砕いてやるものを!

天翔百裂拳を受けても俺が倒れなかった事。
そして、追撃を受けても平然としている事。
幾ら何でもトキであれば気が付くだろう。
お前の【企み】は、もう無効化されたのだと。
つまりこれ以上の闘いは【無意味】なのだと。

それでも執拗にトキは
不離気双掌を繰り出し続ける。
最早、気は練られていない。
只 両手で突きを繰り出しているだけ。

何処迄も哀れで、何処迄も実直な漢。
俺の目から既に枯れた筈の涙が溢れてくる。
悔しかった。
ただただ、悔しかった。

「き、効かぬ…。
 効かぬのだ!!」

生命を賭けた渾身の一撃でさえ
この俺の体を止める事は叶わぬ。
これ程哀しい事が有ろうか。
せめて、せめて少しでも効けば
トキも納得出来たであろうに。
だが…それは無理なのだ。
何故なら……。

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SITE UP・2017.06.12 ©森本 樹



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