Mizar・8

バキッ

ジャギの渾身の一撃が
ケンシロウの左頬に命中し、
ケンシロウの体は
部屋の壁に叩きつけられた。
泣き叫ぶユリアの声とジャギの怒号。

「貴様等の!
 貴様等の所為でトキの兄者は…っ!
 この、疫病神共がぁーっ!!」

怒り狂うジャギを鎮めようと
トキはベッドから上体を起こしかけたが
直ぐに激しく咳き込んだ。
大量の血でシーツが深紅に染まっていく。
ベッドの上で、トキは只々
血を吐き続けている状態だった。

「…下がれ」
「ラオウ兄者?」
「全員、この部屋を出ろ。
 騒々しい」
「しかし…」
「命令だ。今直ぐに部屋を出ろ」

ラオウはそう言い切り
周囲を睨みつけた。
一切の反論も許さない。
殺気に満ちた目付きだった。

ユリアが、ケンシロウが、
そしてジャギも大人しく部屋を後にする。
医療スタッフが数人、部屋に待機していたが
彼等も空気を読んだのか、別室へと移動した。

部屋にはラオウとトキ、二人きりとなった。

幾分か咳が落ち着いたトキは
伏し目がちにラオウを見た。

「…済まない」
「本当だな、この愚か者が」
「……」
「あのまま死ねれば、
 楽になれた…とでも?」
「それは…」

確かに【死】は覚悟していた。
自分でもこうして生きているのが
不思議な位だった。
何故生き延びる事が出来たのか、
その理由が知りたい位だ。

しかし、楽になれるとは考えていなかった。
考えていたのは
鬼の形相を浮かべ目の前で仁王立ちする
この男の事だけだった。

「こんな事になる位なら
 お前を我が許に置くべきだったな。
 寺院に留まらせず」
「それは、結果論…だろう?」
「貴様がぬかす事か、トキッ?!」

ラオウは本気で怒っている様だった。
気拙くなり、トキは視線を外す。

「…秘孔を突いておく。
 少しは呼吸が整い、楽になるだろう」
「ラオウ…」
「安心しろ。
 お前を死なせはしない。
 …この俺がな」

胸の中央にある秘孔を突かれた途端
トキは激しい睡魔に襲われた。
そのまま静かに寝息を立てる。
相当疲れていたのだろう。
安心して眠るその表情は
幼き頃によく見せた愛らしい寝顔だった。

「…死なせるものか。
 そんな簡単に……」

眠るトキの唇ギリギリ触れない距離迄
顔を近づけ、
ラオウは自身の気を高め、練り上げる。
そして。

「…死ぬな、トキ……」

己の気を分け与える術が有効である事を
ラオウが確信したのは
正にこの時であった。
少なくともこの手を用いれば
僅かながらでもトキの生命を繋ぐ事が出来る。
例え、僅かな時間でも…
トキの過酷な運命に抗う事が出来た。

『死なせたくない』

ラオウの執念が、トキの生命を繋いでいた。
例えトキがその事に気付かないままでも。
いや、寧ろ気付かないままで居てくれた方が
ラオウにとっては気が楽だったかも知れない。

「運命とは…巧くいかないものだな」

眠りに就くトキの髪を優しく撫でながら
ラオウはふと呟いていた。

* * * * * *

勝利を確信するバットやリンとは逆に
ケンシロウはこの決着をハッキリと見ていた。

「やはり死兆星はトキの頭上に落ちた…」

運命を打ち破る事が出来なかった。
トキの、そして或いはラオウの
孤独な闘いは…此処に終わりを迎える。
終焉を口にするのは、
やはりこの漢の役目だった。

「ト…トキ………。
 病んでさえいなければ…」

諦め悪く、何度も
不離気双掌を放つトキの腕を掴み
ラオウは涙ながらに訴えた。

「まだ気付かぬと思っているのか?
 お前の剛拳の秘密を!
 病を得ず、柔の拳ならば
 俺に勝てたかも知れぬものを!!」

ずっと認め続けていた。
憎まれ口を叩きながらも
誰よりもその才覚を認め、
その拳の優雅さに心惹かれていた。
討たれるのであれば、トキの柔の拳で。
それが願いですらあった。

だが…叶わなかった。

「哀れ、トキ!
 幼き頃より俺を追い続け
 非情の宿命に生きてきた我が弟よ!!」

もう、終えよう。
充分だ。
お前はもう、十分闘った。
だから…。

「さらば、トキッ!!」

ラオウは想いの全てを拳に籠め
トキの体に叩き込んだ。

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SITE UP・2017.06.15 ©森本 樹



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