Mizar・9

万策尽きた。
刹活孔を突き、剛の拳を以って
闘いを挑んでも勝てなかった。
しかし、何度か跪かせる事は出来た。

自分の全てを賭けた闘い。
私は償えたのだろうか?
貴方を救う事は出来たのだろうか?
昔から泣く事の無かった
貴方が流したその涙は…
私の為だけに、
流してくれているのか?

兄さん。
貴方を超える事は叶わなかったが
それも納得がいった。

偉大なる、そして敬愛なる
我が兄ラオウよ。
私の最期の願い。
それは…貴方の腕の中で
この生涯を終える事……。

* * * * * *

露わになった刹活孔の痕が
尚一層の悲しみを誘った。
其処迄しても
自分に並び立ちたいと
願ってくれた弟。

『兄ちゃんを超えたいから!』

無邪気に微笑みながら
誓いを口にしたあの時から
トキは只ひたすらに
ラオウの背中を追い求めた。

『トキ…』

その美しき情熱は
確かに、自分を超えていた。
間違い無く
トキはラオウを超えていたのだ。

『俺が敵わぬと思った拳士は…
 うぬだけだ、トキ』

その体をそっと抱き上げると
トキは静かに此方を向いた。
覚悟を決めた瞳。

「最早、悔いは無い…。
 宿命の幕を閉じよ」

止めを刺してくれ。
トキはそう訴えているのだ。
拳士として破れた以上
それは至極、当然の事。

刹活孔を突いた事で
トキの生命は風前の灯だった。
このまま放っておいても
直に寿命が尽きる。

それならば、いっそこの手で楽に…。

「トキよ!
 これが、俺がこの生涯で流す
 最後の涙となろう!!
 さらば、我が生涯 最強の敵!
 さらば!! 我が最愛の弟っ!!!
 これが、貴様が目指した
 兄ラオウの拳だぁーーーーーっ!!!」

* * * * * *

惨劇を思い浮かべ、
リンは両手で顔を覆った。
激しい土煙。
やがてそれが収まると
バットは震える声で呟いた。

「…生きて、る?」
「えっ?」
「トキは生きてる!
 殺されてない!!
 でも…何故…?」

バットとリンは
同時にケンシロウを見つめる。
ケンシロウは黙ったまま
決闘を終えた二人の兄を見つめていた。

「ラオウが最後に放った拳。
 あれは……」

* * * * * *

「何故?」

自身を傷付けてまで
拳を自分に向けなかったラオウに対し、
トキは素直に疑問を投げ掛けた。

どうして殺さない?
貴方は勝者なのだ。
敗者の始末は、勝者に委ねられるのに…と。

涙を流すラオウの目は
とても澄んでいた。
綺麗な目だと、改めて気付く。

「この血は涙!
 この一撃は…
 お前の悲しき宿命への
 兄の恨みの一撃と思え」
「ラオウ………」
「今、拳王を目指した漢
 トキは死んだ!!
 此処に居るのは
 只の…病と戦う男、トキ」

その言葉にトキはハッとする。

ラオウを孤独から救いたかった。
そうする事で
自身の兄達に対する裏切りの罪を
償えると信じていた。
だからこそ、無理を押してでも
ラオウと闘う事を選んだ。

しかし…それ以上に
深く、大きな愛情で
自分はラオウに
守られていただけだったのだ。

敵わない。
敵う訳が無かった。
己の力不足と痛感し
兄の偉大さを再認識しただけだった。

『孤独だったのは…
 救われたかったのは…
 寧ろ、私の方だったんだな…』

そうとも知らずに反発していた。
兄を正すのは自分だと、信じていた。

『拳王様の御心にも気付かず、勝手な事を』

あの日、リュウガに言われた台詞が
不意に脳裏を過ぎった。

『その通りだ…。
 私はラオウの想いを
 知ろうともしていなかったんだ…』

それでも背中を押してくれていた優しい兄。
ずっと憧れていた背中は
昔と何一つ変わらず、
其処に存在していたのだ。

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SITE UP・2017.06.18 ©森本 樹



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