Alcaid・1

残された時間はあまりに短い。
だからこそ、悔いが残らない様に。

ケンシロウはそう言って
バットとリンを私に預けた。
この子達と家族の様に、
我が子の様にと接していた事に
聡明な弟は気付いていたのだろう。

間も無く、私も天へ還る。
母の下へ。
そして恐らくはジャギ達も
待ってくれているだろう場所へ。
その時迄、どれだけの人を
病から救い出せるのだろうか。

我が偉大なる兄、ラオウの言葉通り。
今の私は『病と戦う男』なのだ。

「はい! 今日は此処迄な!
 次の人は明日の朝一番で診てやるから」

バットの良く通る声が
部屋の中にまで聞こえてきた。
私が判断をすると必ず無理をする。
だからその前にバットが
患者達を止めてしまうのだ。

「だって、無理して
 トキさんが倒れちゃったら
 患者さん達が困っちゃうでしょ」

リンにまでこう返されると
流石に反論の余地も無い。

こんな穏やかな日々が静かに時を重ね
あの日から早5日が経過していた。
ラオウが与えてくれた猶予は後2日。
しかし。

『まだ、まだ死ねぬ。
 私はまだ、生きていたい』

切なる願い。
もう一度。
もう一度だけ、一目だけで良い。
唯 私は…ラオウに逢いたかった。

* * * * * *

天狼の宿命。
戦場に北斗の星を誘う役目。
我が殉ずる北斗の星は
拳王、ラオウ様 唯一人。

リュウガは自分の居城から
夜空に浮かぶ北斗七星を見つめていた。

「ユリア…。
 お前には見えていたとでも言うのか?
 北斗四兄弟の行く末が…」

彼女は昔からケンシロウの事ばかりだった。
数回対面した事は有ったが、
特に何も魅力を感じなかった。
ケンシロウと婚約をしたと報告を受けた時も
喜びや嬉しさよりも「何故?」と思った程だ。
婚約者がせめてラオウやトキであれば
納得する事も出来たものを。

「女心とは解らんものだ」

ユリアは本当に幸せだったのだろうか?
ジャギの甘言に乗せられた
シンにまんまと攫われ、
挙句の果てに死なせてしまった男。
兄である自分から見れば
妹ユリアを不幸にした男に過ぎない。

その男が力をつけ、有ろう事か今度は
ラオウの障害と成るべく立ち上がった。

「…許せる筈があるまい」

リュウガは複雑な心境を吐露する。

「俺が導く星はケンシロウに在らず。
 そう、拳王様だけだ」

幻のユリアに誓う様に
リュウガは苦々しく呟いた。

* * * * * *

かなり食が細くなったらしい。
医者が注意を受けるとは
本当に可笑しな話である。

例え少量でも、こうしてこの子達と
食卓を囲んでいる時が
一番幸せを感じる時間である。

「トキさん?」

リンが心配そうに私を見ている。
バットも同様だった。
何か遭ったのだろうか?

「どうしたの?
 何が哀しいの?」
「えっ?」
「…涙、流してたから」
「……」

あの日以来、すっかり
涙脆くなってしまったらしい。
ほんの一瞬でも涙が流れるとは。
気付かない内に
又 泣いてしまっていたのだろう。

理由は、言わずとも解っている。

「…一寸、昔の事を
 思い出していたみたいだ」
「昔の事?」
「あぁ。皆で修行をしていた頃のね」
「聞かせてくんないかな?
 トキの昔の話」
「私も聞きたい!」

流石に少し返答に困ってしまった。
子供達は目を輝かせて答えを待っている。
知りたいのだろう。
ケンシロウの事、私の事。
そして、もしかすると…ラオウの事も。

如何したものかと暫し迷っていたが、
私は或る結論に達した。

「解った」
「え? 本当に?」
「やったー!!」

私は彼等に伝える事にした。
此処迄ケンシロウと接してきた子供達だ。
北斗の宿命と云う【業】が
この子達を巻き込まないとも限らない。
知る事も、救う術になる筈だ。
あの星の犠牲になるのは…
もう、私だけで充分だ。

昔話をゆっくりと語り出す。
夜が更け、やがて6日目の朝が来る。
この生命が尽きる迄に
彼等に伝え切りたい。
何としてでも…。

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SITE UP・2017.06.25 ©森本 樹



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