Alcaid・3

愛されているという実感が希薄だった。
実母の記憶が消失していた事も
大きな原因だったのかも知れないと
今ならば解る気がする。
養父母は確かに私を愛してくれていたが
彼等は病弱な私よりも
兄 ラオウに期待を寄せていたと
幼心に痛感していた。
師父リュウケンに至っては
もっと顕著だった。
そして…ユリアも、又。

知らず知らずの内に、
私は【愛】に疑念を抱いていたのだろう。
そして、それを求める事を諦め
無条件に与える側に回ろうとしていた。
例えその愛が一歩通行でも
その瞬間だけ私が満足出来れば
もう…それで構わないと思った。

私は自分が思う以上に
【愛】を知らず
生きて来たのかも知れない。
ラオウやケンシロウ、ジャギを
羨ましく感じていたのも。
たとえ報われずとも
シンの生き様に心惹かれたのも。
レイの死に様に憧れを抱いたのも。
彼等は【愛】と真正面からぶつかり
自分なりの答えを導き出したから。

カイオウ兄者は、どうだろうか。
【愛】を知り、
【愛】の為に闘っているのか。
それとも【愛】を知らず
【愛】に彷徨しているのだろうか。

「叶うのであれば」

【愛】を知り、
その為に闘っていて欲しい。
優しき我が長兄よ。
貴方の元に戻れぬ事を
どうか赦して欲しい。

会いたかった。
そして、今の貴方の雄姿を
目に焼き付けてから
この世を去りたかった。
それだけが…心残りだ。

* * * * * *

ラオウは動かなかった。
軍を留めたまま。
南斗の軍の動向だけは
確りと追う様に手配したが
それ以外の動きは見せなかった。

「星が揺らめく…。
 しかし、まだ墜ちてはいない」

トキはまだ戦っている。
あの日から一週間が過ぎた。
自分が分け与えた生命の期限は切れ
本来ならば星は墜ちている筈だった。

「トキよ…。
 何処迄も奇跡を見せる漢…」

そんなラオウの視界に一条の光が走る。
トキを意味する星を二分するかの様に。

「トキ?!」

動揺が走った。
この気配は、ただ事ではない。
そして。

「伝令! 拳王様、伝令で御座います!!」

扉の向こう側から聞こえる声。
リュウガからの使いだ。

『恐れていた事が…現実と化したか』

ラオウは動揺を押し殺し
何事も無かったかの様に椅子に座ると
伝令の到着を待った。

* * * * * *

一方その頃。

不気味な流れ星が一条の光となり
空を二分する様子を見た者が居た。
南斗最後の将、ユリアである。

「トキ…?」

彼女もトキが生きている事を知っていた。
ケンシロウの動向を追っていた
フドウの部下から
トキの様子を伝え聞いていたのである。
ユリアはリハクにこの事を伝えず
心の中に秘めていた。

大切な幼馴染。
そして……。

ラオウとの決着後は
幼い子供達と共に
静かに暮らしていると聞いていた。
だが、そんな彼に忍び寄る死の影。
あくまでも運命は
彼に穏やかな日々を与える気は無いらしい。

「…トキ」

表情暗く、思い苦しむユリアの下に
トウが姿を見せた。

「ユリア様」
「トウ、どうかしましたか?」
「はい。父リハクから
 リュウガ軍が
 トキの村に向かったと知らせが」
「トキの村に…?」

トキの村。
トキが子供達と暮らす小さな村。
奇跡を起こす聖者の住む村として
人々は感謝の思いを表す様に
彼の名に肖り、村の名称としたのだ。

「それと、野盗の集団も
 どうやらトキの村に向かっているとか」
「……」

ユリアは思わず手を口に当て
息を飲みこんだ。
今のトキが満足に闘える状態に無いのは
会わずとも理解出来た。
そして、そんな状態でも
村を守る為に、村人を救う為に
立ち向かうのがトキである事も
ユリアには痛い程理解が出来た。

「援軍は? トキの下へ…」
「残念ながら、我が軍は全て
 拳王軍との一戦に向けて
 配備されております。
 トキ様には申し訳無いのですが
 援軍を送っても間に合わないかと…」
「そんな……」

最早、出せる言葉が無かった。

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SITE UP・2017.06.30 ©森本 樹



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