Alcaid・4

【嵐】は突然静かな村を襲った。

「トキ様っ!」

村人が血相を変えて部屋に飛び込んできたのは
間も無く夕暮れと云う頃であった。

「どうしたんだ?」
「急ぎお逃げください!
 賊が、賊が貴方様の生命を…っ!!」
「?!」

村人の体がゆっくりとトキの腕に沈んでいく。
背後から弓を打たれ、絶命したのだ。
村人の肩越しにトキは見た。
自分の生命を狙う不届きな輩の顔を。
実に下卑た笑みを浮かべていた。

「テメェがトキか。
 見た所、今にも死にそうな面だな。
 その首、掻っ切って
 拳王軍に差し出してやろう。
 そうすりゃ俺様も拳王軍の将軍様よ!」
「この野郎っ!!」
「バットッ!!」

トキの制止も聞かず、バットは賊に殴り掛かる。
しかしバットはまだ成長途中。
体格差も大きく影響し、呆気無く反撃を受け
壁に殴り飛ばされてしまった。

「バット!」
「リン。バットを頼む」
「トキさん?」
「二人で此処から逃げるんだ」
「でも、トキさんは…?」

答えは無かった。
トキはまだ闘おうとしている。
最早生きるだけで精一杯の筈。
だが、彼の眼は死んではいなかった。

『皮肉なものだ』

トキはふと、そう感じた。

『我が最期の闘いは…
 ラオウとの一戦と決めていた。
 この様な輩の為に生きていた訳ではない。
 だが…それも又、我が運命なら…』

精神を統一し、闘気を高めていく。
残り僅かな生命を燃やす様に。

『我が生涯に一片の悔い無し。
 燃え尽きよう、この一撃で!』

「トキさぁーーーんっ!!」

リンの声が部屋中に響き渡る。
トキが構えを解く正にその直前
勝負は瞬時に着いた。

* * * * * *

氷を思わせる様な冷風が
賊の体を通り抜けてくる。
この技には覚えがある。
しかし、何故彼が此処に。

「リュウガ…?」
「全く、無茶をする」
「村を襲った賊は、拳王軍と…」
「迷惑な話だ。
 我が軍にあんな腐った輩は居ない」
「そうか……」
「雑魚は我が軍が成敗しておいた。
 もう大丈夫だ」

リュウガはそう言ってリンを一瞥し
トキの体を抱きかかえた。
そして彼の耳にそっと囁く。

「迎えに来た。
 お前を拳王様の下へと連れ帰ろう」
「?」

何を言われているのか
咄嗟に理解出来なかった。
目を大きく見開いたまま
無言でリュウガを見つめる。

「待っておられる。
 お前の事を」
「…何故?」
「俺には解る。
 最期は、兄弟一緒に居られた方が
 幸せなのだ、トキよ」
「……」

リュウガの言葉の
全てを信じた訳ではない。
寧ろ、疑っていた。
そんな訳が無いと。
しかし、全身の力は
彼の意志を無視して抜けていく。

「ラ、オウ……」

消えゆく意識の中
トキの唇は確かにそう動いた。
一条の涙が、
枯れた彼の頬に流れ落ちる。
涙に込められたトキの想いを
リュウガは静かに感じ取っていた。

* * * * * *

意識を失ったトキを抱きかかえ
リュウガはそのまま
部屋を後にしようとする。

「…ふっ、その闘争心は高く買おう。
 しかし満身創痍のその姿で
 果たして俺に一撃でも入れられるかな?」

背後に感じた殺気は
壁に体を打ちつけ、動けなくなっていた筈の
バットの物だった。

「トキを、何処に…
 連れて行く、気だよ…?」
「嘗ての仲良き頃の兄弟に戻るだけ。
 トキは戻るべき処に還るだけだ」

振り返る事無く、
リュウガは足を踏み出す。
迷い等無い。
彼はトキをこの場から
連れて行こうとしている。

止めるべきなのだ。
それが解っていながらも
何故かリンは何も言えずにいた。
去り行くリュウガの後姿を
ただ黙って見送るしかなかった。

[3]  web拍手 by FC2   [5]

SITE UP・2017.07.02 ©森本 樹



【ROAD Of MADNESS】目次
H