Alcaid・5

目が覚めた時、
自分が何処に居るのかが判らなかった。
慌てて体を起こそうとするが
誰かの腕が無言でそれを制する。

「リュウガ…」

霞んだ視界の先に居たのは
天狼の別名を持つ拳王の右腕。
だが、その眼は以前から見る物とは
まるで別人の様に優しく
温かい物だった。

「此処は…」
「俺の城だ」
「…そうか」
「何か、言いたそうだが?」
「……」
「余り時間も無い。
 言いたい事が有るならば遠慮無く言え。
 この世に悔いを残さぬ為にもな」
「リュウガよ…、何故…?」
「ユリアの事を、覚えているか?」

不意に聞かされる愛しい女性の名前に
トキは表情を険しくする。

「今でもな、偶に悔やむのだよ。
 傍に居て、守ってやれなかった事を。
 彼奴が死んだと聞かされてからは
 そればかりを思い、悔やんできた」
「……」
「お前の下に嫁いでくれていれば…
 あんな悲劇は起こらなかっただろうにな」
「それは、違うだろう…。
 ユリアは、彼女は
 自分の信じた道を進んだだけ。
 ケンシロウを選んだのも、彼女の…」
「それが【過ち】だったかも知れん」
「リュウガ……」
「俺はな、トキ。
 拳王様に、俺の様な惨めな思いを
 抱いて欲しくは無いのだ」

だからこんな事をしでかしたのか。
トキは漸く合点が行った。
冷静沈着に見える彼が
時折見せる傍若無人さ。
ラオウを慕う余りの暴走かと思ったが
その背景には彼なりの兄妹愛が存在していた。

『リュウガは兄として、
 今でもユリアを愛し続けている…。
 唯、それだけだったのだろう』

記憶を取り戻す事で、トキの中に有る
リュウガへの不信感は
自然と小さくなっていた。
そして今、この目の前に立つ男を
心の底から不憫だと感じていた。

『不器用な男だ。
 その不器用さが…
 何処か、ラオウに似ている』

「トキ。暫し此処で待て。
 拳王様には伝令を飛ばしている。
 必ず、此処にみえる筈だ」
「…来ないかも知れんぞ」
「いや。来る。あの方は必ず」
「…何故? 何故、そう言い切れる?」

リュウガはフッと笑みを漏らした。

「お前の兄だからさ」

それは意外な答えだった。
トキはジッとリュウガを見つめていた。
随分と視界も狭くなっているのだろう。
蒼い宝石の様な瞳から
嘗ての光は感じられなくなっていた。

「ラオウ……」
「あの方は必ず来てくださる。
 もう我を張らず、お前の儘に…。
 あの方の弟として、会えば良い」

握り締めていたシーツに水滴の染みが広がる。
感情を抑える事も出来なくなっているのか。
自然と溢れ出す涙は
嘗ての弱かった自分自身を思い出させた。
泣いてばかりで
いつもその背中を当てにしていた。
強くなると決めてからも
悔しい時、哀しい時はいつも涙を流していた。
そんな自分に対し、
涙を捨てて強くなったと宣言した兄。

『そんな漢が私の為だけに流した…
 涙、か……』

同じ涙の筈なのに
此処迄違う物なのだろうかと痛感する。

叶えば、あの日以来の再会と成るのか。
あれ程 逢いたいと願い続けて来た筈が
いざその時を迎えるとなると
どうしてこんなに不安になるのだろうか。
今の弱り切った自分の姿を見て
失望されるのではないかとすら思えた。

『私は、本当は…どうしたいんだろう?
 此処迄来て、迷うのは何故だ?
 既に時間も無い。
 悩む事等無い筈なのに、何故…?』

自分の真なる心ほど理解出来ない物は無い。
トキはしみじみ、そう感じていた。

「リュウガ、あの子達は…?」

話題を変えようと、トキは声を掛けた。
気を失ってしまった為に
バットとリンのその後が判らないままだ。
ケンシロウとは合流出来たのだろうか。
不意に子供達の事が気掛かりになった。

「それは…」

其処迄言い掛け、リュウガはハッとした。
この城に近付く殺気を感じたのだ。

「来たか…」

それが誰を意味するのか。
トキも漸く気が付いた。

「ケンシロウ…?」

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SITE UP・2017.07.05 ©森本 樹



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