Alcaid・6

人は所詮、
己の願望の為にしか生きられぬ。
どれだけ綺麗事を言おうとも
誰かの人生を代わりに
歩む事は出来ないのだ。
思いとは別に存在する事実。
散々、打ちのめされてきた。
無力な自分を思い知らされ
血の涙を流し続けて来た。

それも、間も無く終わる。

「はぁ…はぁ……」

荒い呼吸音。
もう、息をするのも苦しかった。
だが前へ進まなければならぬ。
見届けたい。
あの男の死に様を。
ラオウが信頼し、傍に置いた男。
そんな男の信念を。

「はぁ…っ、はぁ……」

呼吸をする度、横隔膜に激痛が走る。
心臓が悲鳴を上げている。
鉛の様に重くなった足を引き摺りながら
トキは必死に前へ進もうとしていた。
何度も石の廊下に体を打ち付け
それでも歯を食いしばりながら立ち上がる。
何度同じ動作を繰り返しただろうか。

「ケンシロウ…、リュウガ……」

この先で、二人は死闘を繰り広げている。
見届けなければならない。
二人の思いの果てに在るものを。

「うっ…くぅ……」

再度、胸を鷲掴みにされる様な
激痛に襲われた。
これが死へと誘う痛みなのだろう。
本当にもう、
自分に残された時間は
無いのかも知れない。

「ラ…オウ……」

リュウガには否定を返した。
だが、心の底に在る想い迄は消せない。
僅かでも残された可能性に
必死に縋るしか道は無い。
もう一度だけ、後一度だけ。
悔いを遺さない為にも。

「う…、ま、まだ……」

まだ、死ねない。
例え既に蝋燭の火が
消え去っていたとしても
信念で再度灯してみせよう。

伝え切れていない想いがある。
どうしても伝えたい【言葉】が在った。
それらを伝え終わる迄
死ぬ訳にはいかなかった。

「ラオ、ウ…。私は……」

視界は段々と霞んでいく。
真っ先に奪われたのは視力だった。
直に感覚も聴力も奪われていくのだろう。
真面に立って歩く事も出来ない。
床に這いつくばって
腕を使って体を無理矢理引き上げる。
手探りで柱を見付け出し、
其処に体重を掛ける事で
漸く立ち上がれる。

「後…少、し……」

微かに見える光の先。
トキはゆっくりと自身の足を踏み出した。

* * * * * *

「トキ…っ?!」

柱に縋る様にして立つトキの姿を見て
ケンシロウは思わず息を飲んだ。
バットとリンから
トキがリュウガに攫われたと聞かされ
無事であって欲しいと願っていた。
見る限り彼は攻撃による負傷をしていない。
所々に見える痣は転倒の際に生じたのだろう。
それを証拠に、トキは両手で
何かを探る様な動きを見せていた。

「トキ…。目が……」

ケンシロウはゆっくりとトキに近付くと
優しくそっと抱き締めた。

「兄さん。ケンシロウだ。
 助けに来たよ」
「ケン、シロウ…?
 リュウガ、は?」
「……」
「…倒した、のか……」
「…あぁ」
「……そう、か…」

この二人が闘うのは運命だったのだ。
自分とラオウの死闘と同様、
闘うべくして引き寄せられたに過ぎないのだ。

「トキ……」

彼を抱き締める事で
その体に施された丁寧な治療の痕跡を感じ
ケンシロウはリュウガが
何故トキを攫ったのか、
その意味を漸く理解した。

「トキ…。この男は…」
「ユリアの、実の兄…」
「やはり、そうだったのか…。
 ユリアの写真が入ったペンダントを
 大切に胸元に隠し持っていた。
 昔会った時は、彼女の従者だと……」
「ケンシロウ…。
 哀しみを怒りに変えて、生きよ…。
 それが、北斗神拳…伝承者の、道……」
「北斗神拳、伝承者の…道…?」

トキからの返事は無い。
彼は見えない目で必死にリュウガを追っていた。
ケンシロウは彼を抱きかかえ、
眠る様に横たわるリュウガの下へと運んだ。

「リュウガ…。お前は…
 最期迄、拳王の…ラオウの、為に……」

拳王軍の先鋒として
常に前線で戦い続けて来た。
拳王の右腕として、
申し分の無い働きを見せて来た。
ケンシロウと相対したのも
拳王の覇道の為に、
邪魔な枝を折ろうとしたのだろう。

「…ありがとう」

もう届かない、その言葉を
それでもトキは静かに口にした。
ラオウの弟として。

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SITE UP・2017.07.07 ©森本 樹



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