Alcaid・8

「二人共、どうやって此処へ?
 村からはそれなりに距離も有る筈。
 それに……」

ケンシロウの問い掛けに、
バットとリンは顔を見合わせた。
どうも素直に返答し辛い様だ。

「どうした?」
「あ、あのな…ケン。実は…」

意を決し、バットが説明しようとした時。

「……」

何かを感じ取ったのか、
トキは或る一点を目指して
真っ直ぐに腕を伸ばした。
今迄の様な迷いのある動きではない。
明確に一点だけを目指している。
そして其処は、
この広間に繋がる唯一の入り口だった。
目が見えない筈のトキが
どうして其処を目指せたのか。

「…トキ?」

トキは笑っていた。
涙を流しながらも
それでも嬉しそうな微笑を浮かべていた。

足音がゆっくりと此方に近付いてくる。

「まさか……?」

そのまさかであった。

「私達…あの人に連れて来てもらったの」

申し訳無さそうにそっとリンが呟いた。

「どうしても、トキさんに会いたいって。
 そう言ったら、乗せてくれたの」
「そうだったのか……」

ケンシロウは改めて視線を入り口に向けた。
其処に姿を見せたのは
予期していた通り、ラオウであった。

* * * * * *

ラオウは何も言わず、
そのままケンシロウに近付く。
正確にはケンシロウに抱き締められていた
トキに近付いて行った。
気配で察したのだろう。
子供の様な無邪気な笑みを浮かべたまま
トキはラオウに腕を伸ばす。

抱き締めたい。
抱き締めて欲しい。
無言の訴えだった。

ケンシロウは
トキを支える腕の力を抜き
彼が動き易い様にしてやった。
既に力を失いながらも
トキは精一杯腕を伸ばし、
ラオウを抱き締める。

「トキ……」

彼の耳元に顔を近付け
そっと名前を囁く。
トキの瞳から新たに涙が溢れる。
涙を流す体力など最早無い筈なのに。

「遅くなった…」
『兄さん……』

ラオウの声だけは聞き取れる。
ラオウの姿だけは見る事が出来た。
これが自分に残された最期の力。

「ラ、オ……」

渾身の力を込めて、
トキは声を絞り出した。

「かえ、ろ……」
「あぁ、帰ろう。
 我等の故郷へ」

繋がっていた。
想いは、確かに同じだった。
兄と妹の待つあの故郷へ。

トキは更に何かを伝えようとしている。
顔は既に青褪めており、息も絶え絶えだ。
それでも彼はまだ諦めていなかった。
一番伝えたい事が、真なる想いが
まだ果たされていなかったから。

「トキ……」
「……」

リンもバットも涙を堪え切れずに
二人の姿を見守っている。
彼等の肩を優しく抱きながら
ケンシロウも又、静かに見守っていた。

「……」
「何だ? 何でも良い。
 話してみろ、トキ……」
「…ひと、つに……」
「……」
「な、ろ……」

一つに成ろう。

それが、彼の伝えたい【想い】だった。

故郷に帰る為に。
そして…離れ離れになった
兄妹と再会する為に。
残り僅かしか生きる事を許されなかった
トキが必死に考え着いた【答え】。

「あぁ…。一つに成ろう。
 昔の様に、もう二度と…離れない様に」
「……」
「トキ……?」

トキの返事は無かった。
彼の生命の灯が
燃え尽きた瞬間だった。
余りにも静かな絶命に
誰もが時が止まったかの様に
その場から動けずにいた。

沈黙を破ったのは、ラオウの一言。

「トキ…。安らかに、眠れ」

微かな息も漏れる事の無い
冷たくなったトキの唇に
ラオウはそっと自分の唇を合わせた。

トキの願いを、叶えるかの様に。

「トキ…」
「トキさん……」

トキは最期になって漸く
運命を味方につける事が出来た。
死の寸前迄 決して諦めなかったその姿を
ケンシロウは改めて眩しく感じていた。

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SITE UP・2017.07.12 ©森本 樹



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