Fremde・3

温かいスープに舌鼓を打ち、
漸く心が落ち着いてきた様だった。
嘗て味わった事のある懐かしさ。
外見だけでなく
サヤカは母のあらゆるものを
受け継いで育ったかの様だった。

「御馳走様。美味しかったよ」
「そう? 良かった!
 兄さんに教えてもらった通りに作ったから
 きっと美味くいったのね」
「ん?」
「それも忘れちゃった?
 兄さん、母さんの作ってくれた
 ご飯の味付けを唯一覚えてたから」

驚いた。
継承したのは私の方だったのか。
この分だと私は母が存命の間
ずっと彼女の傍を離れなかったのだろう。
何となく、解る気がする。
この辺りは今の私とまるで変わりがない。
母から直ぐ上の兄へ…
対象が少し変化しただけだ。

「サヤカがこうして作ってくれた事で
 きっと母さんも喜んでくれているよ」
「そうかな? …え?」
「どうかした?」
「今『母さん』って言った?」

しまった。
この世界の私は別の呼び方をしていたのか。
迂闊だった。
言葉を失い、冷や汗をかく。
流石にこれは怪しまれるかも知れない。
どうするべきか。
私は暫し言葉を発する事が出来ずにいた。

* * * * * *

「此処に居たのか」

不意に聞こえてきた声にハッと顔を上げる。
サヤカは嬉しそうな表情を浮かべ
声のする方へと向いた。

「お帰りなさい、兄さん!
 ヒョウも一緒に来てくれたのね!」
「あぁ。随分顔を見せてなかったから」
「嬉しい」
「……」

二人分の人影。
その内の一人の顔を見て思わず息を飲んだ。
ラオウ?
いや、此処にラオウは存在しない筈。
それに、額のあの大きな傷跡は…。

「あぁ、トキ兄さん。
 気が付いたのは良いんだけど…」
「どうかしたのか?」
「どうも記憶が無いみたいなの」
「倒れた時に頭でも打ったのか?」
「そうは見えなかったんだけど…」
「どれ」

ラオウにそっくりな男は
そのまま私に近付くと
グイッと頭部に指を当てた。
拙い。経絡秘孔の位置だ。
思わず体を捻り、
回避しようとしてしまった。

「……」

流石にこの動作は無意識だと言っても
言い逃れる事は厳しいかも知れない。
この世界の私が秘孔の存在を知っていれば
或いは何とかなるかも知れないが…。

「まだ目覚めて間も無いと見える。
 転倒時に頭部を打っていないとも言い難い。
 多少の記憶の混濁は止むを得んだろう。
 暫く安静にさせれば、やがては落ち着く」

ラオウ似の男の発言に
私は驚いたまま
黙って彼の顔を見つめていた。

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SITE UP・2017.08.03 ©森本 樹



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