俺には…古代にも言えない忌まわしい過去が有る。
当時の俺はまだ7歳で、その時の記憶は定かじゃない。
だが、体は明確に恐怖を覚えていた。
俺は喧嘩をしない。
正確に言えば、喧嘩が出来ない。
殴りたい気持ちが湧いてきても、
瞬時に過去の忌まわしい記憶がそれを抑え付ける。
その後どうなったのかは自分で判らないだけに
恐怖は年々色濃くなっていく。
俺は…この拳で、人を殺めたのだろうか?と。
* * * * * *
自室の前に毎朝置かれる嫌がらせの生塵には
古代共々、正直ウンザリしていた。
この手の妬みは解っていたから
俺は逸る古代を宥めつつ、無視を決め込んでいた。
だが、その物体が小動物の死体になった途端
俺は冷静さを完璧に失った。
俺のトラウマ。
今も心に大きく残る傷跡。
鮮明にフラッシュバックする、7歳時の記憶。
無慈悲に振るわれた暴力によって奪われていく
野良猫達の生命を、見ているだけの自分。
見ていただけの筈が、気が付いたら…
鮮血に染まった己の手は、小さな子猫を抱きかかえていた。
この子猫の生命を救う為に…
俺は暴力を振るう自分より大きな、複数の相手を
全て完膚無き迄の状態に叩き潰したのだった。
子猫を救う為とはいえ、俺も又…暴力を行使した。
何よりも恐ろしかったのは
7歳児には在り得ない程の【破壊力】だった。
それから、拳を握る事さえ恐ろしくなった。
殴られても蹴られても、反撃に転じる事は無かった。
ひたすら、怖かったのだ。
徐々に蘇る恐怖の記憶に、
俺は奥歯をガタガタと震わせるしか出来ない。
震える手で墓を作り、手を合わせるが
心は決して穏やかにはならなかった。
何の為に?
何でこんな事を?
そして…この子は、こんな事の為に…?
答えなど見付かる筈は無いと思っていた。
だが、その【答え】は意外にも直ぐに
最悪の形で俺に突き付けられる事になる。
* * * * * *
その日、古代は補習でまだ帰っていなかった。
彼に心の内を告白出来ぬまま
俺はボンヤリと窓を見つめていた。
すると。
カタン、と云う音と共に
扉から何かが差し込まれている。
紙切れ、である。
「何だ…?」
俺は不審に思いながらもその紙切れを手に取り
殴り書かれた文字を見て怒りに震えた。
「…古代」
そう。それは古代への挑戦状だった。
生塵からエスカレートしたあの仕業も
古代に対する宣戦布告のつもりらしい。
時刻は17時を回っている。
相手が指定した時間は17時半。
多分、古代は間に合わない。
「説得だけなら…俺でも出来るか」
とにかくもう、止めて欲しかった。
罪の無い生命を、これ以上冒涜して欲しくは無かった。
俺は待ち受ける未来も知らず
自ら闇の世界への扉を開けてしまったのである。 |