File.3-5

案内された廊下には人垣が出来ていた。
加藤はそれ等を乱暴に押しのける。

「どけ! 邪魔だって言ってるだろうッ!!」

漸く開いた人の壁の隙間から
俺は信じられない光景を目にした。

廊下に広がる夥しい血痕。
顔が腫れ上がったオレンジ色の矢印の制服の男。
機関班の制服だから、アレは…藪、か?
そして馬乗りになっている男の拳を見た瞬間、
俺は漸く止まっていた時間を動かす事が出来た。

「古代っ!!」

異常に変形した両の拳。
間違い無く骨折している。
俺は思い切り古代を羽交い絞めにして
彼の動きを止める。

「古代! 聴こえるか、古代っ!!」
「…し、ま……?」
「古代…もう良い。その辺で止めておけ」
「しかし…しかし、島……」
「お前がこれ以上傷付く事は無い。
 さぁ、医務室へ行こう」

古代を優しく抱き締め、俺はゆっくりと立ち上がる。
彼も又、疲れた様に俺に縋ってくる。

理解出来た。

古代が藪にパンチを入れたのは、ものの数発。
残りは減り込んだ廊下が俺に教えてくれた。
全てを顔面に食らっていたとしたら
間違い無く藪の生命は無かっただろう。
古代はギリギリの所で、藪を守っていたんだ。
己をこんなに傷付けてまで…。

「…命拾いしたな、藪」
「……」
「他の連中も良く聞け。
 死にたくなければ、下らぬ言葉を俺達の前で吐くな。
 地球に到着する前に、くたばりたくなかったらな」

自分でも驚く程、乾いた声。
冷め切った言葉。

人垣は勝手に俺達の道を作り出し、
俺は古代を抱きかかえる様にして医務室へ向かった。

* * * * * *

「何てザマじゃ、全く〜!」

医務室よりは此方の方が良いだろう、と
佐渡先生は古代の部屋で治療を始めた。
彼にとって…ぶん殴った藪や、
トバッチリを喰らった山本と同室よりも
此方の方が落ち着けるだろう…との配慮からだ。

「こんなに拳を粉々にしたら
 飯も酒も満足に摂れんじゃないか!
 お前さん、点滴と流動食決定じゃぞ!」
「……」
「島、数時間後にはワープと言ってたな」
「はい。ですが…」
「こう重傷者が居たんでは
 医者としてワープ航法を勧められん。
 延期じゃな、延期!」
「そ、そんな…佐渡先生。
 島は今迄ずっとワープの調整を…」
「台無しにしたのは派手に喧嘩をした
 お前達じゃろう、古代っ!!」

佐渡先生にキツイ雷を落とされ、
流石に古代は黙り込んでしまった。

「距離を調整して時間は稼げますよ。
 徳川さんと相談して、
 ワープの延期を艦長に打診して来ます」
「そうじゃな。それが良かろうで」
「では先生、古代の事をお願いします」
「はいはい、任せておけ」

ワープの実施延期は正直厳しい話だが
先生の言う事は一理有る。
きっと、徳川さんや艦長も解ってくれる筈だ。

もう…急ぐ必要なんて無いんだから。

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