Data.2-4

あれは…美雪がまだ5歳の頃だろうか。

雪が偶々学生時代の寄り合いで外泊し、
留守番として俺と2人で過ごしていた時。
美雪の寝顔を確認し、ソファで転寝をした俺は
いつもの様に悪夢に魘されていた。

船の中でなら良かった。
幸い船長職の俺には個室が与えられていたし
其処でなら幾ら呻こうが喚こうが
誰の迷惑にもならなかった。

だが、自宅は違う。
ましてや…一緒に居るのはまだ幼い一人娘。
さぞかし、俺の呻き声は怖かっただろう。
叫び声に、怯えてしまっただろう。

意識の向こうで、美雪の泣き声が聞こえ…
俺は慌ててソファから飛び起きた。
そのまま部屋に駆け寄り、抱き締める。
何も言えなかった。声が出なかった。
そのまま、雪が帰って来る迄…
俺は只、美雪を抱き締めているしか出来なかった。

傷付けてしまった。
誰よりも大切な、俺の愛娘を。

その時に思い知らされた。
俺に【父親】は務まらない事。
俺では…この子を守り切れない事。
どう謝罪すれば良いのか…
それすら、解らないままで、今日まで来た。

* * * * * *

気が付くと、ベッドには俺一人。
御丁寧にシーツが裸体に掛けられている。
次郎らしい配慮に感謝し、
俺はふと…『また魘されていなかっただろうか?』
等と不安に駆られていた。

確かに次郎はあの頃の美雪とは違う。
立派な一人前の青年だ。
しかし…夢の内容が大介に関わる物だと
幾ら次郎でも良い気はしないだろう。

喪った存在は同じにして、明確に違う。
肉親を喪った者の心に、醜い傷跡は残したくない。

「次郎……」

彼奴が触れてくれた肌。
感触が其処彼処に残っている。
力強く抱き締められ、彼奴の者だと残された痣。
服を着れば見えない、
ギリギリのラインを守って付けられている。
そんな気遣いも、俺を喜ばせる。

男としても、人間としても
次郎は俺より立派に成長し、
またこれからも育っていくのだろう。

誇らしい俺の新たな恋人。
そして…心の支え。

「次郎…愛してる……」

陳腐な台詞だと心の何処かで嘲笑しながらも
俺は数回、そう唱えていた。

『愛している』と。

まるで呪文の様に俺の中に浸透し、
自信と勇気を与えてくれる。
次郎が居てくれるから、立ち上がれる。
この困難な旅も、彼奴と一緒なら戦える。

「愛してるよ…次郎……」

胸に残されたキスマークを指で辿り
俺は語り掛ける様に囁いた。
暫し、時間が止まってしまったかの様に。

[3]  web拍手 by FC2   [5]



SITE UP・2010.6.4 ©森本 樹


目次