| Data.3-9 |
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「お父さん……」 こんな穏やかな表情は 未だ嘗て見た事など無かった。 母は、雪はこんな顔を知っているのだろうか。 無邪気な、子供の様な寝顔。 自分が知らなかった、父親の姿。 「良かったね…お父さん。 少し、休むと良いよ……」 美雪は安堵の息を吐き、 静かに病床を離れようとした。 「?」 その時に感じた違和感。 滑った床の感触に 激しい嫌悪感を覚えた。 「班長、動かないで!!」 イーグァーの声に思わず反応し、 美雪はそのまま体を萎縮させた。 いや、余りの嫌悪感に 体の自由が奪われただけかも知れない。 「まだ生きていた! しつこい!!」 次の瞬間、美雪の体は宙に浮いた。 床から足が切り離されたかの様に 体は空間に漂っていた。 直ぐ目の前には次郎が居る。 そう、彼は片腕で美雪を抱き上げると 瞬時に右手のコスモガンで その物体を撃ち抜いたのだ。 恐らく、6発以上は撃ち込んだだろう。 その物体が全く動かなくなる迄 コスモガンの洗礼が収まる事は無かった。 部屋中に広がる腐汁と腐臭。 どす黒い斑の肉片がアチコチに飛び散る。 不気味な紫色の塊は 美雪に更なる恐怖心を植え付けた。 「し…島さん……」 「大丈夫だ。君は俺が守る」 視線を合わせる事は叶わなくても 次郎の気持ちは美雪の心に浸透していた。 肉片の処分はイーグァーが引き受けてくれた。 汚れた医務室を清掃しながらも 美雪は先程の蠢く物体が気になって仕方が無かった。 あのような物は地球上で見た事が無い。 「レガシーの歴史上に於いて 最も不浄とされた存在、それが【キューヴ】です」 デネボラの語る【キューヴ】との戦いは 美雪の想像を遙かに超えたものだった。 許されざる生命体。 共存出来ない存在。 キューヴは人を喰らう。 体内に立方体の卵として進入し、 開花し、体を侵食し、 やがて心を…生命エネルギーを喰らう。 だからこそ、レガシーの民は 数多くの犠牲を払いながらも キューヴの消滅に尽力したのだった。 「忌まわしき者共が 化石のキューヴを利用したのでしょう。 血肉を感じればキューヴは開花します。 本当に…危ないところでした」 「お父さんは…もう……?」 「イーグァーはキューヴを滅する者として 最後に残った一人であります。 あの男がしくじる事は有りませぬ。 ご安心下さい、我等が班長」 「有難う…。デネボラさん、イーグァーさん……」 「もし、処置が遅れれば… あとどれだけ猶予が有ったのですか?」 「1日…保てば喜ばしい事か、と」 「1日…。たった、24時間……」 「開花すればキューヴは恐ろしい速度で育ちます。 成長したキューヴを取り出す事は イーグァーの知識、技能を持ったとしても 不可能と言わざるを得ないでしょう…」 デネボラは静かに微笑みながら 最後にこう告げた。 「キューヴ最大の誤算は… 古代艦長に取り憑いた事でしょう。 この方の生命力、精神力は尋常じゃない」 |