Vertriebene・5

「スープ、まだ余ってるね」
「…そうね」

背中に大きな弓矢を背負う青年が
鍋を掻き混ぜる女性に声を掛ける。

「ユキ、残しておいてくれよ。
 いつ兄さん達が食べに来るか判らないんだし」
「……」
「ユキ」
「あれから、ダイスケは一度も食事を口にしてない」
「……」
「このままじゃ、倒れてしまう」
「それは…そうだね。
 無理にでも食べてもらわないと…」
「あの人、嫌い」
「ユキ……」

淡々とスープを掻き回すユキの表情は
その言葉とは裏腹に全く変化が無い。
子供の頃から一緒には居るが
笑顔一つ浮かべようとしない、そんな女性だった。

「ジロウ」
「ん、何?」
「ダイスケ、何処に行ったの?」
「えぇ〜っと…あの……」
「また、あの人の所?」
「…うん」
「……」

再び訪れる沈黙が非常に重い。
クツクツと音を立てるスープだけが
確かに時間を刻んでいた。

「なぁ、ユキ…」
「……」
「こうなる事は、解っていたんだから。
 余りさ…あの3人を責めるなよ」
「……」

「静かな生活はもう望めない…。
 でも、今迄は単に運が良かっただけ。
 父さんだって、そう言ってただろう?」
「奪われた事は…事実、だもの」
「ユキ……」
「納得なんて…誰もしてないわ。
 この村の人達、きっと……」
「全ては納得して無いだろうね」
「そうでしょう?」
「だけど、全てを否定もしていない」
「ジロウ…」
「少なくとも、危険性を見越した上で
 父さんはあの3人を認めたんだ。
 誰が何と言おうが、それは事実さ。
 兄さんだって同じだよ」
「ジロウ…も?」
「…そうだね。
 否定するよりは、認めたい。
 そしてこの悲劇は……」

ジロウは視線を不意に下へ逸らした。
温和そうに見える彼からは
想像し難い程の険しい視線。
それが注がれたのは、自身の右手である。

「俺とダイスケ、2人の所為だ」
「ジロウ……」
「どうして、生まれてきてしまったんだろうな…。
 俺もダイスケ兄さんも、どうしてこんな状態で……」

ユキは口を開く事無く
そのままそっと、ジロウを優しく抱き締める。

「お姉ちゃんが、傍に居る」
「ユキ……」
「ジロウもダイスケも、私の大切な弟。
 だから…離れないで欲しいの」
「…有難う、ユキ」

ユキに抱き締められたまま
ジロウは漸く笑みを浮かべた。
だが、その笑みは今にも泣き出しそうな程
切なく、哀しげであった。

「ジロウ……」
「ユキ、姉さん…。有難う……」
「うん……」

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SITE UP・2010.12.01 ©森本 樹

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