「何っ?! 逃がしただと!!」
関所破りの一件はすぐさま砦に伝えられた。
報告を聞き、激昂している青年騎士を
奥の間に座する初老の男は視線で制した。
「止めよ、シーガル」
「しかしながらゴルイ将軍…」
「止めよ、と申しておる。
元々私は、この策を快く思ってはおらぬのだ」
「将軍……」
「交易の足を止め、経済を狂わせるは愚策。
民を思えぬ国では、民は付いて来ないものだ」
ゴルイはそう言うと、スッと立ち上がり
大きな窓越しに青空を見上げた。
「雛鳥が、巣立ちを果たしたか。
いや、結構結構」
「ゴルイ将軍……」
「シーガル」
「はっ」
「グレッグミンスターに伝えよ。
『モラビアに怪しき輩は姿を現さず』とな」
「は…?」
「何度も言わせるものでない」
「…は。その様に伝えます」
「うむ……」
シーガルは驚いたものの、ゴルイの意に背く気は無く
恭しく頭を垂れると執務室を後にした。
「ふふ、コダーイ家の次男坊が帝国に牙を向くとは
流石に大帝も驚かれたであろうな…」
誰も居なくなった執務室。
ゴルイは思わず笑みを漏らして呟いた。
「我が心の友、アキコ=コダーイの血は
マモル将軍よりもその弟の方が色濃く受け継いだのだろう。
あの少年は覇王にすら成れる器…」
ゴルイの脳裏に過ぎるのは…
嘗て共に戦地を駆け抜けた仲間の姿。
氷の乙女、アキコ=コダーイ。
そして……。
「お前達が此処に居てくれれば…
少なくとも、大帝をお止め出来たであろうに。
歯痒いばかりだよ、全く…」
複雑な心境も、一人で無ければ吐き出す事も出来ず。
変わりゆく自分の主を、見守る事しか出来ぬ身に
何時しかゴルイは絶望すらしていた。
その彼に一筋の光を見出したのが
今回のススム達の行動であったのだ。
「この老いた身ではこの位しか助勢出来ぬ。
済まぬな、少年よ……」
ススム達の国外脱出に目を瞑る事で、
少しでも彼等が生き延びられる様に。
そして何時か、力を付けて…
この混沌とした世に終止符を打てる様に。
それは【祈り】にも近い思いだった。
「生き延びるのだ、ススム=コダーイ。
この世界は…お前の力を求めている」
* * * * * *
通り抜ける風と共に、
誰かが俺を呼んだ様な気がした。
何処かで聞いた様な、優しくて深い声。
その声が励ましてくれているのが…解る。
「あぁ…。俺は、俺達は負けない」
その声に答える様に呟く。
声の主に届くだろうか。
風よ、どうか伝えてくれ。
俺達は負けない。
必ず、この試練を乗り越えてみせる。
必ず……。 |