[30] 悪夢

「うぅ…」
禁断症状に蝕まれ、
玉の様な汗が流れ落ちる。
傷に滲みる。
朦朧とした視線で
彼は何かを掴もうとしていた。

「目が覚めた様だな」
男の声に反応して、
其方に手を伸ばした。
うわ言の様にか細い声で何かを呟く。

「…」
「何だって? 聞こえねぇよ」
「クスリ……」
北条はそれを言うのがやっとだった。

何故か解らないが
自分は確かにヘロインを欲している。
それが無ければ耐えられない。

必死にヘロインを求める声。
自我は欲望に消され、
手は宛ても無く空を彷徨う。

「これが欲しいのかい?」
目の前にちらつかされた注射器。
それを見た北条の表情が一層険しく変わる。

求める心と拒絶する心の葛藤。
激しくぶつかり合う自我。

「無理するなよ。欲しいんだろ?」
「う…」
「良いのかね? 現職の警官が」
「く…」
言葉で焦らされ、気も狂わんばかりに
北条は吼えた。
「打ってくれ! 頼むっ!!」
男達の嘲笑を耳に、
北条は歯痒い思いに苛まれた。
だが心の何処かでは安心もしていた。

そう、一時的にとはいえ
この禁断症状から抜け出せるのだから。

「手を出しな」
言われるままに左腕を差し出す。
痛みの中に安堵感が混じる。
漸く、彼は一息吐く事が出来た。

* * * * * *

その頃。

西部署では咲樹が懸命に
前科者を当たっていた。

あれから何時間になるだろう。
今まで全く犯人らしき人物が浮かんでこない。
苛立ちが彼女の中に生じていた。

「焦るなよ」
鳩村と交代で
今は松田が作業を手伝っている。
彼女の苛立ちを感じ、
そっとアドバイスした。

「リキさん」
「ジョーを信じてやれ。
 アイツは早々簡単に堕ちやしねぇよ」
「…はい」

「必要なのは確実さだ。
 前科者を当たるのにし損じたは許されない。
 …解るよな」
「えぇ…」

「姫なら大丈夫だろうが、
 今は少し気が高ぶってる。
 休んだらどうだ?」
「でも…」
「いざという時の体力は取っておけ。
 鉄則だぜ」
「はい…」

素直に松田の忠告を聞き入れる咲樹。
先は長い。
これからが勝負かも知れない。
そう思うと反論する気も起きなかった。

「俺も自分の知りうる限りで当たってみる。
 ゆっくり休め」
「お願いします…」
咲樹は一礼すると仮眠室へ向かった。

ただ一人残った松田は煙草を銜え、
険しい顔を浮かべた。
「とは言ったが、
 ジョーの命が掛かってる。
 悠長に事を構えてる時間は無いな」

解っていた。
現状が如何に厳しい物かを。

「ペイを打たれたとなると
 ジョー自身も動けない状態だろう。
 奴等、一体何を企んでやがる?」

松田は前科者カードを睨みつけ、
一人ごちた。

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SITE UP・2005.04.11 ©森本 樹

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