[29] 取引・2

使われていない野球場。
そのグランドで咲樹は少女と共に
立ち尽くしていた。
此処が取引現場。
大門達は来てくれるのだろうか。

「…」

先程から何も言葉が出て来ない。
何も浮かばない。
情け無い事に其処までの余裕が無かった。
自分よりも気に掛かる男の事。

「ジョー…」

小さな声でポツリと呟く咲樹。
その声が聞こえたのか、
少女がグッと咲樹のズボンに縋りついた。
「お兄ちゃん…」

彼女も心を痛めていた。
子供ながらに解っているのだ。
自分を守ろうとしてくれた彼の事を。

「大丈夫、かな…。
 あのお兄ちゃん…?」
「大丈夫。大丈夫よ…」

彼女に、逆に励まされた様な気がした。
「有難う…」
少女を強く抱き締め、
咲樹は改めて自分を取り戻した。
刑事としての自分を。

* * * * * *

時間が来た。
向こうから大門の姿が見える。
その後ろにはジェラルミンケースを持った
源田の姿が。

松田と鳩村は居ない。
狙撃に備えているのだろう。

「団長…」
咲樹はじっと大門を見つめている。

「おい」
不意に男から声を掛けられる。
「金を貰って来い。
 それまでガキは人質だ」
「…解ったわ」
咲樹は否定する事無く素直に従う。

ゆっくりと大門達の元へ向かう咲樹。
大門もその意味を理解してか、
源田に耳打ちをして
ジェラルミンケースを受け取った。

「済みません、団長。
 私…」
「渡して来い。
 少女の命には代えられん」
「はい」

ジェラルミンケースを受け取り、
咲樹は男達の元へと戻っていく。
大門は何をする事もなく
静かに様子を見守っていた。

「団長…」
「手を出すな、ゲン。
 皆もだ…」

こうして取引は無事に行われたように見えた。

「こっちにはもう一人人質が居る。
 金が手に入らなかったら
 そいつの命はねぇぞ」

脱出の際の人質。
言わずと知れた北条の事だ。

「団長…追跡は?」
無線で鳩村が問う。
「…駄目だ。
 ジョーが消される可能性がある」
「…解りました」

咲樹と少女が無事なだけでも良しとするべきか。
大門はレイバンのサングラスを外し、
雲間の晴天を見上げた。

* * * * * *

署に戻った咲樹は
休みを取る事無く
前科者リストを漁り始めた。

この中に犯人が居るかも知れない。
そう思うと居ても立っても居られなかったのだ。

「早く…早くしないと」

彼女の脳裏には
禁断症状に苦しむ北条の姿と
それを見下ろし笑う男達の姿が過ぎっていた。

彼等は北条を『道具』と呼んだ。
そうすればまた打たれているかも知れない。
純度99.9%。
高濃度のヘロインを。

「?」
そんな咲樹の目の前に
珈琲が差し出される。
鳩村だった。

「ハト…」
「心配した…」
「ハト、ジョーが…」

其処まで言って、あとは涙が邪魔をする。
鳩村は優しく彼女を抱き締めると
背中をそっと撫でてやる。
「ジョーなら大丈夫だ。
 それは…お前が一番解っている筈だろ?」
「ハト…」
「そうだろ?」

鳩村は優しく微笑む。
彼女の傷付いた心を癒す様に。

「うん…」
「じゃあ手伝おう」
彼女の隣のイスを引き、
鳩村はリストに目を通し始めた。

「有難う、ハト…」
「当たり前だろ?
 俺だってジョーが心配だ。
 それに、仲間だからな…俺達は」

鳩村の言葉に優しさと重みを感じる咲樹だった。

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SITE UP・2005.04.04 ©森本 樹

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