[28] 取引・1

男達が取引の打ち合わせをしている間、
咲樹達への監視の目が開放された。
その隙に手錠で繋がれたまま
北条の耳元に囁く。

「ジョー…。目を覚まして、ジョー」
「……」

反応は無い。
呼吸はしているが、どちらかと言えば荒く
まるで高熱を患っているかの様だった。

「しっかりして。
 大丈夫、ジョー?」
「…り」

「?」
「くす…り…」

うわ言の様に呟いたのは『薬』。
ヘロインの魔の手はもう彼に影響を及ぼしていた。
浅い覚醒が彼に新たな地獄を見せる。

「ジョー…」
「薬…薬を…」
「…」
「薬…打ってくれ…。
 頼む……」
「ジョー…」
「たの…む…。
 くすり……を…」

いわば自分達の身代わりのように
暴行を受け、薬漬けにされた北条。
それを見守る事しか出来なかった自分。

思わず泣きそうになる。
何とか悲しみを堪え、
少女を抱き締めた。

「私がしっかりしないと。
 私が…この子を守らないと…」

うわ言で『薬』を繰り返す
北条の声が心に突き刺さる。
それでも彼女は耐えた。
彼が耐えた様に、苦しみを。

* * * * * *

「それじゃ行くか」
時間が刻一刻と迫っている。

本当に解放されるかどうかは半信半疑だが
大門達と合流できればチャンスは必ず訪れる。
咲樹はそれに賭ける事にした。

ただ、心配なのは
一人残る事になる北条だ。

彼の体はヘロインに犯され、
自分の意思で動く事は叶わない。
取引が失敗すれば
消される可能性だってある。

しかし…。

「団長…」
賭けるしかない。
大門達に。

咲樹は振り返らなかった。

北条は一瞬そんな咲樹を見て
微笑んだようだった。

『それで良いんだ』と。

* * * * * *

目隠しをされ、手錠はそのままで車に乗り込む。
それでも手は少女を離さなかった。
震えを少女に気付かれてはならない。
恐怖を感じ取られてはならない。
咲樹の意思はその事だけに集中していた。

視野が狭まると恐怖が増すと言うが
彼女の場合は逆だった。
耳が研ぎ澄まされ
犯人達の言葉を逐一記憶していく。

「…ジョー、待ってて」

必ず助けに来るから、と
心の中で彼女は呟いた。

車は静かに取引現場へと向かって行く。
其の先に何が待っているかを
知る事も無く。

そして、一人取り残された北条も
自分のこれからを考える余地は無かった。

禁断症状に苦しみながら
咲樹達の身を案じていた。

光の差し込まない、
真っ暗な倉庫の中で。

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SITE UP・2005.03.31 ©森本 樹

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