| [83] 盗まれた記憶 |
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大きな事件も無く 穏やかに過ぎていく日々。 咲樹は何時からか 『一つの季節の終わり』を感じ取っていた。 果たすべき使命を終え 新たな道を目指す気になっていた。 我武者羅だったこれまでの生活が 嫌になった訳ではない。 「…何時までもこのままじゃ 流石に無理が出てくるからね」 懐から取り出した 警察手帳を眺めながら 咲樹はそっと呟いていた。 「もう一つの夢、か」 「良いんじゃないの?」 相談を持ちかけたら 非常にアッサリとした返事だった。 「…そう?」 「うん」 「まぁ、貴方は当初 一人だけ反対してたもんね」 「…そうだったっけ?」 「もう忘れてるんだ…」 咲樹は半ば呆れ気味に 相談相手を見つめる。 「大昔の話だろうが」 「そんなに昔でも無いでしょう?」 「忘れた!」 北条は何か思惑が有るのか 酒を煽ると、視線を外した。 色んな事があった。 楽しい事だけでなく 悲しい事も、共有してきた。 どんな時も傍に居た。 互いが、互いの一番近くに。 「盗まれた様なもんだよ…」 「何が?」 「何でもない」 改めて告げる程の事ではない。 彼はふと口元に笑みを浮かべ 暖かな眼差しで咲樹を見つめる。 「思いっきり行けば良いさ」 「…そうだね。 有難う、ジョー」 咲樹は嬉しそうに笑みを浮かべる。 それで十分だ、と 北条は優しく彼女の髪を撫でた。 心を奪われた瞬間。 もしかすると記憶も奪われていたのかも知れない。 だがそれは不幸な事ではなく 寧ろ光栄な事なのだろう。 「逢えて、良かった」 帰り道。 北条は感慨深くこう呟いた。 「君と… 逢えて、良かった」 「私も…貴方と逢えて良かった」 こんな風に一緒に居られるのも 後僅かの時間になる。 それでも。 「咲樹さん」 「え、何?」 「…西部署を去っても、 咲樹さんはいつまでも 俺達の仲間だから」 「…ジョー」 「君はいつまでも 『大門軍団』の一員だから。 それだけは…忘れないで欲しい」 「…うん。 忘れない、絶対に」 「なら…これから何があろうとも きっと大丈夫だ。 咲樹さんなら、きっと」 北条なりの、精一杯のエール。 暖かく、力強い励まし。 「恐れずに、進めよ」 「うん…うん……」 涙が溢れてくる。 咲樹は声を詰まらせながらも 何とか返事をしていた。 「…空」 「え?」 「星が、綺麗だ…」 彼につられて星空を見上げる。 都会では珍しい満天の星空。 「前途は明るいってこった」 北条はそう言って笑っていた。 |