[2] 保護者

「あら?」

早朝。
チャイムを聞きつけ扉を開けて。
北条 咲樹は思わず声を上げた。

「今日って帰って来る日だった?」
「…おい」

夫である北条 卓が呆れ顔で立っている。
手には大きなバッグが一つ。

「携帯にメール打っといたぞ」
「何時?」
「今朝」
「見てないわよ、そんなギリギリ…」

酷い妻だ、と卓は愚痴を零した。

まぁ。
コレも毎度の事なので今更 腹は立たないが。

「晴人、今日からだな」
「そうね。張り切ってたわよ」
「…張り切ってた、ねぇ」
「何よ」

卓の脳裏に過ぎったのは一人の青年。
橘 数馬。

鳩村に用が有って出掛けた先で
つまらぬ出来事が遭ったのを思い出す。

「…とばっちりを食わなけりゃ良いんだが。
 晴人はナイーブな所が有るからな」
「父親の不始末を息子が片付ける羽目になるのね。
 晴人も可哀想に」
「誰かさんに似ず、ハートが硝子な息子だからね」
「…誰かさんって誰よ?」

すかさず伸びた咲樹の指は
寸分狂わず卓の左頬を抓っていた。

* * * * * *

案内された刑事部屋にはまだ誰も居なかった。
晴人は暫し、キョロキョロと周囲を見渡す。

「昨日の宿直が俺だったからな。
 他のメンツはまぁ、ボチボチ現れるだろう」
「そうなんですか」
「事件が無い時はこんなもんさ」

そんな平和な時間も
この所轄では本当に少ないと
よく両親から聞かされていた。

束の間の休息なのだろう。
そしてその休息を部下達に与える
心優しき団長、鳩村。
宿直もきっと、自ら買って出たに違いない。

『どんな人達なんだろう。
 鳩村軍団の先輩方って…』

静かな刑事部屋を見渡すと
ふと何かが見えた様な気がした。
父と母、そして鳩村。
彼等が出会った若かりし頃の風景。

「沢山学んでらっしゃい」

携帯で交わした母との会話。
その言葉をふと思い出した。

「課長は今外出してるんだが…
 そろそろ戻って来るかも知れないな」

鳩村は腕時計をチラッと見ると
そう呟いた。

「かなり楽しみにしてたからな、あの人も」
「そうなんですか?」
「あぁ。勿論だ。お前の事は良く知ってるぞ」
「…えっ?」
「親父経由でな」

父、卓は鳩村とかなり仲が良く
今でも互いの時間を調整して迄
呑みに出掛ける程である。

酒が入れば話も大きくなる。
酒豪の父だが、酔わない訳ではない。

『酔った勢いで何を言い出すか判らないモンな。
 以前それで、姉ちゃんにブッ飛ばされてたし…』

晴人は父の情けない姿を思い出し
思わず溜息を吐いてしまった。
勿論鳩村がその意味を知る筈も無く。

「ん? どうした?」
「いえ…一寸つまらない事を思い出して…」
「?」
「大丈夫です。済みません…」
「まぁ…なら、それでも良いが」

腑に落ちないが仕方が無い。
鳩村は大人しく引き下がる。

その内、また静かに時間は流れ。
課長室からカタンと音が響いてきた。

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SITE UP・2009.2.9 ©森本 樹

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